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  <title>アイちゃんとひとりぼっち</title>
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    <item>
    <title>アイちゃんとひとりぼっち 登場人物</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
<img src="//aonori.kakuren-bo.com/File/146589266257701.jpg" alt="" /><br />
<br />
▪︎アイちゃん(橘 アイ)<br />
生まれつき悪魔や霊的なものに好かれる体質で、友人などはほとんどいない小柄な女子高校生。16歳。<br />
男っぽい言葉遣いを好む。大人びている。<br />
<br />
▪︎女(コンスタンティア)<br />
二メートルはあろうかという、大きな体をした女の悪魔。赤い角が頭に生えていて、子宮がくりぬかれている。<br />
アイちゃんのことが大好き。<br />
<br />
ここから読むといいです⇩<br />
(1話)<br />
 <a href="http://aonori.kakuren-bo.com/アイちゃんとひとりぼっち/アイちゃんと緑の女" target="_blank">アイちゃんと緑の女</a><br />
]]>
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    <category>アイちゃんとひとりぼっち</category>
    <link>https://aonori.kakuren-bo.com/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%A1/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%A1%20%E7%99%BB%E5%A0%B4%E4%BA%BA%E7%89%A9</link>
    <pubDate>Thu, 13 Jun 2030 05:00:00 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>シヅルくんと神の贈り物</title>
    <description>
    <![CDATA[　僕は、日本が安全な国であるということを知っている。戦争もなければ、死に至る流行病もない。地震は心配だけれど、それは日常ではない。死が、日常に潜んでいない国だと知っている。日常の死は、自らの選択であることも。<br />
　白いシーツがかかっている、まるで病院に置いてあるみたいな質素なベッドの中だけが、僕を安心へ誘ってくれる。やわらかいマットレスに、羽毛ぶとん。いくつもの涙のしみはいつ消えていくのだろう。ベッドの影で、白くないベッドの影の中では何も考えないことにしている。だって、意味がないから。自分の生まれや、身体のつくりを呪っても、嘆いても、改善されることはない。なら、つらくなることは考えないで、汚い大人の手に引かれていくだけだ。それが今の僕にとって、一番楽に生きられるみたいだから。その間、頭の中は真っ白であまり覚えていない。いつもの、安心できる白いシーツを脳に貼り付けている。正しい色は、いつだって白い。<br />
　幼い頃から、不思議な声が聞こえていた。誰なのか、とにかく、男であって、威厳のあるような、そのような声がときたま聞こえる。それはまれにで、いつもは、優しい、男か女かわからない誰かが呼びかけてきている。僕の苦しみを直接解決はできないけれど、それでも、どうにかいい方向へ持っていこうとしてくれる。ただ、色のついたベッドの中ではすべての声が途切れる。いや、僕が拒否しているのか？<br />
　わからないんだ、なにもかも。<br />
　周りから見れば、僕らの三人家族はふつうの家族に見えるだろう。僕から見てもお母さんは美人で足が細くって、エステなんかにもよく行ってるらしく、とても若く見える。お父さんも、きりりとした顔が男前で、毎朝ネクタイをしめる姿は幼い僕の憧れだった。大手の企業に勤めている。僕は都内の進学校に通っていて、成績はいつもだいたい学年で五位以内。よく、近所のおばさんに言われたものだった。あんたみたいな息子が居てくれたらいいのにと。僕の身体を見て、本当にそう言えるか試してみたいなんて、思ったりする。<br />
　かりそめの、はりぼての、愛のない家族。日常だった。<br />
　お父さんは忙しく、帰ってくるのはいつも日付の変わる直前だった。家族の金銭管理はお父さんがしている。お父さんが、お母さんに生活費を渡して、後は今後のために貯金しているんだって。僕は日本のトップクラスの大学にだって行けるくらいの成績だったから、そのためにもきっとお金を貯めていてくれてたんだろうな。<br />
　僕のお母さんは、何より、お父さんが大好きだ。そのためにエステに行くし、ヨガだってして、細く綺麗な身体を維持して、高い化粧品を買い漁り、綺麗な服を探して昼間は出かけているみたい。全ては、お父さんに目を向けてもらいたいからだ。<br />
　休みの日だってお父さんは、ノートパソコンとにらめっこしている。お母さんはにこにこして、その様子を、家事をしながら見ている。会話はない。お父さんと、僕にも会話はあまりない。テストがあるたび、今回はどうだったか聞く、それくらい。<br />
　お父さんが、お母さんの容姿を褒めるところを見たことがない。と、いうか、お父さんはお母さんのことを見ていない。きっと今は細くなくても、綺麗でなくても、家事をして僕の面倒を見ていれば、どんなだっていいのだ。だから、どれだけお母さんが綺麗になろうが、そのためのお金がどこから出ているか、知らないのだ。借金でもしてくれてたほうが、良かったのに。どうしてその選択をしたのかは、それは僕の身体を呪うしかない。<br />
　学校から帰ってくると、玄関に見慣れた、嫌な革靴があるのに気づいてしまった。荷物を降ろしに部屋に入ろうとすると、すぐお母さんに捕まってしまう。<br />
「シヅル、おかえり。佐々山さんって、お母さんのお友達がいらっしゃってるから、ご挨拶なさいな」<br />
　そう言って、手を握られて居間に連れられる。食卓テーブルに、お茶を飲んでいる、すこし肥えたおじさんがいた。スーツ姿で、皮のかばんを置いていて、仕事帰りらしい。<br />
「どうも……」<br />
　弱々しく、声をかける。かけなければならない。その男性は、僕を待ちわびていたようで。<br />
「シヅルくん、おかえりなさい。元気かな？」<br />
「まあ、そこそこです……」<br />
　目をそらして、下げていた鞄の紐をギュッと、まるで命綱に見立ててるみたいで、馬鹿らしくなるくらいに、握りしめる。これが、僕の主張できる最大限の抵抗。察してもらえることはないけれど。<br />
「じゃあ、お出かけしてくるから。二時間くらいで帰ってくるからね。シヅル、ちゃんとお勉強見てもらうのよ」<br />
　そう言って、ああ、今日はどこに行くのかな。デパートかな。<br />
「うん、いってらっしゃい。早く帰ってきてね……」<br />
　助けを求めても意味がないもの。でも、かすかに見えるような、親の責任という希望をたまに信じてみることがある。僕は愛されてここに産まれてきたはずだし、この人は自分の腹を痛めて僕を産み、大きくしたのだから。今日も、玄関の向こうから、軽やかなヒールの音が聞こえる。ねえ、そうやって暮らしてるのはとっても楽しいけど、それ以上に苦しいんだろうね、お母さん。<br />
　ヒールの音が消えていくまで、僕は玄関をじっと見ていた。命綱を握って。<br />
「シヅル、シヅルよ、今日は、おまえの運命の日になるであろう。私の運命の息子よ、耐えなさい。さすれば、おまえの元に、救いの手があるだろう」<br />
　はっとした。頭に直接呼びかけてくる、威厳のある男の声。救い。誰が？　だれが？　こちらから問うことはできない。問うても、答えが返ってきたことがないのに。<br />
「私の使いを」<br />
　はじめてだった、はじめて、頭の中で聞こえる声から、答えがあった。何が起きるのだろう。僕にとっての非日常が、これからあるらしい。この声が間違ったことはない。今日、ぼくは、救われるのだ。<br />
　その精神のやりとりを破ったのは、佐々山さんである。手を握って、脱衣所まで引っ張るのだ。佐々山さんは、お母さんが募集する僕のお客さんだろう。勉強なんて、見てもらったことがない。僕は、基本的にこういったやりとりをするのは好きではない。好きな人がいるかはわからない。 コンプレックスで埋め尽くされた罪の身体に、さらに傷や痛みを上乗せするようなことだもの。そして、それは何度も繰り返されたので、わかっているし、僕は仕方ないと諦めるしかなかった。<br />
　ブレザーについた校章が、きらりと輝く。これをつけていれば、未来の明るい高校生のしるし。頭が良くて、将来は国内トップクラスの大学を狙うのが当たり前のしるし。クラスのみんなは、今は塾にでも行って、また勉強してるのかな。脱衣所の大きな鏡。髪は、女の子のセミロングくらいあって、ふだんは後ろでまとめている。たまに、クラスの女の子がそういったものをプレゼントしてくれることがある。それを解いて、洗面台の隅に置いた。ふわっと、髪が広がる。<br />
　シャツのボタンをしぶしぶと外そうとすると、佐々山さんの大きくでっぷりとした分厚い手が僕の背後からぬっと伸びてきて、僕の代わりに外していく。それを、鏡の前で見ている。醜い顔をしているふたりがいるのに、その背後に光が見えた。<br />
　錯覚か、幻覚か、妄想か、事実か。救いか。ねえ、助けてくれるのなら早くしてよ。<br />
　いつもは心を殺している。精神的自殺。そうすると、僕はまるで天国に行くみたいに、上から僕自身が見えている。他人事。かわいそうだな、こいつは、と、そう思う。それだけで、その数時間の間、身体にいのちはあっても、僕は死んでいる。<br />
　でも、今日は救いに希望を持って、生きていた。生きるあかしの荒々しい呼吸と高鳴る心臓、生きたままこの拷問を受けるのは久しぶりで、つらい。死ぬことを覚えたのは数年前だ。<br />
　ボタンを佐々山さんがはずす間、僕はベルトに手をかける。着ていたものを全て床に落とすと、また無理やり手を引かれる。水の張られた浴槽が目に入る。揺れている水面、きれいな水。暖かさはなくて、冷たそう。この、星に住むぼくをとりまくものは冷たい。水の星。ああ、はやく死んで、水の中でもがくのをやめたいのに。<br />
　伸びた髪の毛を乱暴に掴まれて、浴槽に押し込まれる。僕は浴槽のふちに手をかけて抵抗するけれど、全身から力が抜けている。抵抗するのは生きているあかし。ごぽごぽという水の音、口を開くと大きな泡が音を立てる、呼吸ができなくなると、頭がぼうっとして、動けなくなる。それが、好きなのである、とても趣味が悪い。そんなことしなくても、僕は抵抗しても逃げられやしないんだ。<br />
　頃合いかと見たのか、髪の毛を引っ張って僕を浴槽から引きずりだした。僕は口の中に入った水を吐き出して、ぐったり座り込んで、ぜーぜーと必死で肺に空気を取り込んだ。目の前がちかちかする。何かの合図でもしてるみたいに、同じ感覚の光。<br />
　そしてまた、僕の震える体に手を伸ばす汚い手。それを、僕は、ぼんやりと見ている。何も失うものはない、汚い体だもの。何をされても、これまでと、もう既に変わらないから。<br />
　僕の体に手が触れた瞬間、ひゅっと風の切る音がして、目の前が赤く染まる。佐々山さんの首が飛んで、浴槽にどぷんと沈んだ。赤く赤く広がる浴槽の水。時間差で、佐々山さんの体が崩れる。振り返ると、光る何かが、大きな刃物、剣のようなもので、佐々山さんの四肢を落としていく。そのたびに、僕の体に血が飛び散る。<br />
　殺される。僕も。逃げる力はない。光る何かを見上げる。金色の髪をゆらゆらウエーブさせて、青い目をした外国人。青いポンチョに白いパンツ、茶色の長いブーツ。血が飛び散っている。手に持っていた剣から手を離して、じっと僕に近づいた。鼻と鼻がくっつく、それくらいの距離。<br />
「落ち着く香りだ。まるで、ラベンダーの香りのようだね」<br />
　男なのか女なのかわからないけれど、声でわかった。いつも僕に呼びかけてくる一人だ。鉄臭いのに、おかしなことを言う。これが救い？<br />
「おっと、大丈夫かな。落ち着いて。立てるかい？」<br />
　伸ばされた手を握ると、あたたかかった。そのまま力強く引かれて、僕は立ち上がることができた。<br />
「血を洗った方がいいね。汚らしい血だ、こんな生き物が世界を埋め尽くしてるなんて、吐き気がするくらいだよ、ねえ……」<br />
「あなたは誰？」<br />
　呼吸が落ち着いてきて、やっと発することができた。そうすると、声を上げてそれは笑った。<br />
「はは、ごめん。うっかりした。……そうだな、ツォハル、ツォハルって呼んでくれるかい？」<br />
「僕を助けに？」<br />
「ああ、そうだよ。もっと早くに来たかった。ごめんよ。さあ、これからはぼくがシヅル、きみを守るよ。もう大丈夫。怖がることなんてないからね。さ、ここに少し座って、足を上げてくれる？」<br />
　とん、と浴槽のふちを叩いたツォハル。言われた通りにすると、ツォハルはぼくの足にキスをした。<br />
「さて、ぼくの本当の名前を教えてあげる。これは二人の秘密だ。ツォハルって名前は、普段ぼくを呼ぶときに使ってほしい。本当の名前を教えるのは、ずっと一緒で、ずっと守るって証だから、二人の秘密なんだ。覚えておくんだよ、ぼくの名前はね……」<br />
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    <category>アイちゃんとひとりぼっち</category>
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    <pubDate>Tue, 13 Sep 2016 03:43:58 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>アイちゃんと正義に血吐き狼</title>
    <description>
    <![CDATA[　ベランダを開けて、コンスタンティアが歌っている。秋風に揺れるカーテンと、緑の髪と、ゆらめく歌声があたしだけには聴こえている。<br />
「じゃあ、棄てるの？」<br />
「じゃあ棄てるの……」<br />
　続けてみるとにっと笑って振り返った。あたしは今日もベッドの上だ。ぐしゃぐしゃになった教科書やノートはゴミ箱に捨ててしまった。あれだけの悪意を向けられたのってどれだけぶりだろう。あたしは居なかったことになることで、これまでなんとか生きてきたのに。<br />
　家から出なくなって二日経った。携帯からは学校から電話がかかっているみたいだけど、履歴を消してなかったことにする。<br />
　コンスタンティアは、たとえば、学校に行ったらどう？　とは言わない。コンスタンティアが人間ならば、学校に行かないと成績が、進学が、就職がとしつこく言うだろう。駄目人間の刻印を、背中に熱く押し付けて、がなりたてて、あたしが泣いても怒っても外に出すのだろう。<br />
　でも、幸いなことに、コンスタンティアは人間ではない。人間らしくあっても、人間ではない。学ぶことのすばらしさ、重大さは理解しているだろうし、だからこそ本を読んだりするのだ。でも、強制はしない。いや、むしろ、喜んでいるかもしれない。あたしと過ごす時間が増えるから。<br />
「アイちゃん、今日はね、夜の映画が面白そうよ」<br />
「じゃあ、おやつとか、買ってこようかな……」<br />
　逃避、逃避、現実からの逃避。もっとつらい現実からは逃げられないから、少しくらい逃げたっていいと思うの。ベランダから戻ってきて、鼻歌を歌いながら飴を口に放り込む。あたしはまだ、人の温度の羽布団から出られないままだ。<br />
　メルヴィルの痛々しい姿を嫌でも思い出す。手足のない体と、動いていない臓器に、透けて見える骨。水の色に浮かぶのは泡と呪い。今すぐにでも消えていきそうな、うたかたびと。<br />
「皆幸せになれる未来ってないのかなあ……？」<br />
　アキラ、あたし、シヅル。誰かが犠牲になる。不幸になる。あたしに、とメルヴィルは言っていたし、あたしがやらなくてはならないと決意をしていたものの、わずかな平和の時間に抱いた夢だって逃したくない、まだ十六歳。人間として過ごせたのは二年くらいしかないのに。<br />
　その、天井に吐いた希望を打ち砕くのは、コンスタンティアしかいない。ベッドから動けないあたしに、そっと近づいて手を頬にそえる。<br />
「アイちゃん。それはね、できないのよ。みんながみんな幸せになったら、またそれで差ができて、不幸せな人が出てきてしまうの。幸せになる権利はどんな悪人にだってあるわ、生きているかぎりは。でも、誰かの幸せの裏では、絶対誰かが不幸になっているのよ」<br />
　クロゼットを開けて、あたしのお気に入りの赤いブラウスを取り出したコンスタンティア。<br />
「このブラウスだって、本当はどうなのかわからないけれど、これが作られて、アイちゃんの手に渡るまでに、たくさんの人が苦労したものよ。もしかしたら、そうね、幸せな時間を削られてできているかもしれないわ。ひとは、他人の幸せを奪って生きてるのよ」<br />
「あたしも？」<br />
「ええ」<br />
　そう、コンスタンティアは断言する。あたしはこれまで、生きてきた中で、搾取されるほうだと思っていた。必要なことを知らない罪を利用されて、わからないままに、持っていた数少ないものを全て奪われてきたと思っていた。<br />
「毎日食べるごはんだって、そうよ、ハンバーグだって、肉はもちろん、それを育てて、屠殺して、加工して、スーパーに並んで、やっとアイちゃんの手に来るの。その間にたくさんの幸せが消えているはずだわ」<br />
「よく知ってんだね」<br />
「たくさん本を読んだわ。テレビも、映画も見たの。あの人も、たくさん本を読ませてくれたわ。アイちゃんもそうね。うれしいわ、私は人が好きだもの」<br />
　幸せを奪い合って生きているわれわれが醜いのは当然だろう。恵まれたものを僻んで、恵まれないものをあざ笑っている。手足のない芋虫のあたしでさえ、幸せを奪って生きていたとしても、今の気分は、首にギロチンを当てられてるみたいだ。<br />
「どうしてさ、そんなに人が好きなんだ。醜いところ、たくさん見てきたろ」<br />
「そうね。許せない人だっているわ。私が人を好きになったのはね、きれいなものを作るからよ。絵も、文も、像や、お洋服、家具だって人が作るでしょう。悪魔は、そんなこと、しないもの。殺して、勝って、負けて、食べて、食べられるの。それで終わりだから、このせかいに憧れる悪魔だって多いのよ。私たちには理性があって、言葉をかわせるのに、暮らしは原始の動物と何にも変わりがないわ……」<br />
　目をつむって、首を上げる。故郷のことを考えているのか、それとも。そのコンスタンティアの思考を阻止するように、インターホンが鳴った。あたしはぴくりとして、クラスメイトだと思うと恐怖が背中を舐めていくのがわかる。昔はこれよりこわい目にあってたくせに、あたしったら、幸せに浸りすぎたかな。<br />
　コンスタンティアがするすると玄関先まで見に行き、あたしに声をかけかけた。<br />
「アイちゃん、アキラくんだわ。どうする？」<br />
「アキラ？　なんで、また……。開けるよ」<br />
　体に体温が戻っていくのがわかる。いそいで飛び上がって、最低限髪を整えて、よろよろと扉を開けると、スーパーの袋を大量に持った制服姿のアキラが居た。<br />
「あ、ああ。いきなり、すまん。風邪でもひいたかと心配で、一人だから買い出しにも行けんだろうと……」<br />
「風邪じゃないよ、ごめん。でも、ありがとう」<br />
「とっといてくれるか」<br />
「もちろん」<br />
　どうぞ、と手招きしてアキラを部屋の中に入れた。アキラの買ってきたものはおかゆや、ゼリーやアイス、スポーツドリンクなどなど、病気なら食べやすいものばかり。丁度食欲もなかったしありがたくいただこう。<br />
　冷蔵庫まで運ぶのを手伝ってくれる。<br />
「病気じゃないのなら、まあ。よかった。行き掛けにシヅルと話をしたんだがね。あれにやらせるにはあまりにかわいそうだ。この世の地獄を見てきたような……、そんな目をしてた。おまえもそうだったが……」<br />
「シヅル、来たばかりだからね」<br />
「ああ。ああ、そうか。それとと弁当箱と、学校のプリント」<br />
　畳まれた包みと、ピンクの弁当箱に、ファイルに入った課題プリントだ。それを見て、ほっとして、椅子にぐったり座った。クラスメイトの誰かが届けにきたりしたらどうしようかと思ったから。<br />
「うん、うん、ありがと。ごめん、あたし、アキラに答えられないのに、こんなことさせて」<br />
「いや、オレが面倒見たいだけだから、迷惑なら言ってくれ、別に点数稼ぎでしてるわけじゃないし」<br />
「ううん、そんなことない。助かる」<br />
「なら、いいんだ」<br />
　アキラもぐったり、あたしの向かいに座った。<br />
「ちょっとだけ、座らせてくれな」<br />
「どうぞ、お茶いれる？」<br />
「いい、いい、すぐ行くし」<br />
「うん、そ」<br />
　蛍光灯を薄めで見ると、小さな粒が見える。小さな光の粒が。あたしは、少しの自由の間に夢を見てしまったんだな。こうして、人と触れ合ったりしなければ、何も悩まずに池に沈めていけたし、お菓子の夢だって見なくて済んだのに。無駄に苦しむことなんてなかったのに。<br />
　おじいちゃんはどんな思いで、この地で、メルヴィルと共に暮らしてきたのだろう。おじいちゃんにだって、夢があったろうに。<br />
「学校、行きたくないんだ」<br />
　アキラに、吐き出す。<br />
「ん、別に、いいんじゃないか。行かなくても、オレらの未来は決まってるし。未来が不安だから行くんだよ、皆」<br />
　あったことは言わないつもりでいる。アキラの好意は受け取るけれど、アキラになんとかしてもらったら、利用だけする悪い女だもの。あたしは決して、アキラには、何もできない。してあげられないから。<br />
「アキラは行くんだ」<br />
「ま。行かないと親がうるさいし、世間的にもまずいからな」<br />
「諦めてるの？」<br />
「反発してた。でも、ま、そうだな、反発してもオレの力じゃなんにもならないし、兄貴も死んだ今じゃオレの身体は貴重なものだから。諦めたっつか、大人になったってか。夢を見ずに現実を直視することを、大人になることだとオレは思ってて、オレは少し大人になった」<br />
　それだったら、あたしは、昔の方が大人だったし、大人を押し付けられていたな。夢を見ることを許されない。一日を生き残れるよう、必死に大人の顔を窺っている。誰に優しくされるわけでもなかった。小さいあたしは孤独で、細い手足で、何も見えない砂漠を裸足で歩いてるみたいだった。<br />
　それがいいことか悪いことかなのかは、世間的には悪いのだ。まだあたしは夢を追いかけていい年齢で、大人になるのは早すぎるはずだもの。やっと見つけた未来へ生きるための希望に縋り付いてるのは、本当に子供みたいで、嫌になるくらい。思った時は諦めるつもりで話していたはずなのに、逃避している。<br />
　この世に生きるすべてのために、あたしはすべての不幸を背負わなければならない。その殆どは、あたしやアキラが不幸を背負って生きていることを知らない。生きるという幸せを無条件に勝ち取っているのを、あたしたちのおかげだということを知らない。<br />
　知られたところで、ちやほやされたり、神格化されるのも嫌だけれど。あたしは嫌いな人間たちのために、この人生を全て投げ出さないといけないと思うと怒りが芽生えてくるのは、決して間違っているわけではないはずだ。ぐしゃぐしゃの教科書を脳裏に浮かべて。<br />
「あたしの昔のこと知ってるんでしょう」<br />
「まあ、さらっとは」<br />
　アキラは、目を背けるようにする。他人だって直視したくない過去。<br />
「そんな人たちも、あたしは、守らないといけないのかなあって」<br />
「選べない。こいつはダメとか、こいつはいいとか。オレたちは神じゃない。やるか、やらないか、それしかない」<br />
「許さないといけない？」<br />
「そんなことはない。正義。というか、正しいことをするまでだ。そいつらのことを思ってするわけではない、自分の好きな人のことを想って、その人たちに生きて欲しいと願っていればいいと思う。ついでさ。そりゃあ、忘れられないことだろうとは、思うが」<br />
　はあ、と、大きく息を吐いた。お菓子なんて、家で焼けるじゃない。キッチンだって、きっとおじいちゃんに頼めば、おじいちゃんの家を工事してもらえるかもしれない。<br />
　あたしは嫌い、諦めてるの、甘いチョコレートの味を想像している。甘い夢が見たいな、今夜くらい。]]>
    </description>
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    <pubDate>Sat, 20 Aug 2016 03:21:23 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>アイちゃんと悪の氾濫</title>
    <description>
    <![CDATA[　思わず逃げ込んだ、緑の水が波打つ深泥池。コンスタンティアがここは心地がいいとよく言っていたっけ。それは、ここにたくさんの死体が沈んでいるからなのだろうか？<br />
　橘と灰淵の一人一人が守ったり、狂いながらも、平和を保ってきた。この中には死体のほかに、何があるのだろう。好奇心は猫も殺すけれど、あたしは何度も死んでいるし、今だったら死んでも構わないと思った。<br />
　起きあがって、嫌な臭いのする水に触れようとすると、水面が盛り上がって、顔が見える。あたしは叫んで後ろに下がり、コンスタンティアに思わずしがみついた。じっと、赤い二つの目がこちらを見ている。いくつかの沈黙のあと、その顔はぬらりと腕を出し、池からよじのぼり、水から這い出てきた。<br />
　髪は深い青で腰くらいには長く、その体には、四肢がない。いや、あるのだが、その四肢は、ビニル袋に入っている水のようで、途中で切断された四肢につながっている。<br />
　体も水の色をして、うっすらと骨や、そして胸にひとつだけ心臓だけが見えるが、それは動いてはいない。顔つきは優しげで、裸だが、男女を見極めるようなものはないが、少し胸に膨らみがあるように見える。身長はツォハルよりも高く、コンスタンティアよりは小さい。<br />
　あたしにはわかる。赤い目は、赤くなる目は悪魔の目なのだ。<br />
「や、やあ。こんにちは」<br />
　声は少し低く、少年のようだった。きごちなく笑う、それ。<br />
「あ、ああ、こんにちは……」<br />
　あたしは返す。コンスタンティアの様子を伺うと、はっと、目を見開いて、それがなんなのかわかったようだった。<br />
「し、知り合い？」<br />
「いいえ……、ても、有名な方よ。お会いできて、とても嬉しいです」<br />
　コンスタンティアが膝をつき、頭を下げる。<br />
「いいって、そんなのさ、こっちにいる間は関係ないから。顔上げて……。いつか、話をしたいと思ってたけど、おれはここから動けないから。えっと、こっちではメルヴィルって呼んでくれる？　それがこっちでの名前なんだ」<br />
　そう、手を出す、メルヴィルと名乗った悪魔。あたしはその、水の手を握った。まるでスライムでも触っているような感触だった。<br />
「あたしはアイ。こっちはコンスタンティア」<br />
「うん、知ってる。よろしく」<br />
　いつもこの池には居たのに、なんでまた、このタイミングでメルヴィルは出てきたのだろう。そして、なぜここにいるのだろう。<br />
　ツォハルが見つけたという、大きな竜とやらでは、なさそうだけれど、メルヴィルはどう考えても悪魔だ。赤い目は、悪魔の目だ。<br />
「そろそろかなと思った頃合いに、来てくれてよかったよ。おれはセイイチロウ……、セイくんって普段は呼ぶんだけど、まあ、それは置いといてね、セイくんに憑いてる悪魔だよ」<br />
　あたしはやはり、と思った。<br />
「つまり、うん、セイくんはキミのおじいちゃんで、おれはこの池を守ってるわけなんだ、よね」<br />
　メルヴィルは少し目を閉じた。<br />
「セイくんの娘が、しきたりを嫌がってこの地を飛び出したから、セイくんとおれは池を守ってるんだ。池を守らないと、たくさんの、これまでとじこめてた悪いものが飛び出してくるんだよ。この池はずっと昔から呪われていたからね。それで、さ、セイくんも歳だし、おれも、腕と足がなくなっちゃったんだ。あまりに長い時間を、ここで過ごしすぎて」<br />
　コンスタンティアは手で口を覆う。<br />
「そんな……、手足は戻るんですか？」<br />
「わからないけど、きっと、セイくんとおれが池を離れることができて、おれがもともといるべき所に帰れば、戻ると思う。おれは、まあ、そこまで弱くはないし……」<br />
　と、俯向くメルヴィル。コンスタンティアの反応からして、メルヴィルはかなり悪魔の中でも有名なもののようだ。そう、たとえば、ツォハルのように……。そんな悪魔が、長い時間とはいえ、四肢を無くすほどの呪いを身に受けている。<br />
　あたしはおじいちゃんを継いで、コンスタンティアとこの地を守るつもりでいた。シヅルを自由にさせたかった。けれど、コンスタンティアが酷い目にあうのは、嫌だ……。お母さんたちにも悪魔がいて、仲が良くて、その悪魔が呪いを受けることを嫌がったのかもしれない。強い悪魔を従えるべきだ、と、いう言葉が頭に響いている。<br />
「セイくんは、後継にアイちゃんをと思っているみたいだよ。セイくんの言うことは正しいからね」<br />
「……そ、うなんだ……」<br />
　おじいちゃんが、あたしを。あたしなら出来るって、そう思ってくれたなら嬉しいけれど。でも、……。<br />
「うん、セイくんは少し先の未来が見えるんだ。シヅルくんとアイちゃん、どちらがいいのか見て……、アイちゃんがいいって。でも、嫌だったり、シヅルくんがやりたがったらそれは本人たちに任せるとは言っていたけれど……。でも、セイくんの顔は深刻だった」<br />
　そ、うか。おじいちゃんは見えていたんだ。娘たちに後継を無理やりさせるか、自分とメルヴィルでこのまま続けるか、どっちがいいのか。そして、娘たちが深泥池を離れるのを、本当に、苦しい思いで見送ったのだろう。狂ってしまうのが、わかるから。<br />
　そしてわかるから、おじいちゃんは灰淵家に頼んで、アキラの兄のヤマトらを娘の監視役に置いて、すぐに悪魔を殺せたんだ。<br />
　おじいちゃんはメルヴィルと一緒だとしても、孤独だった。おじいちゃんだって、強く見えるけど一人で必死に背負って生きてきたんだ。<br />
　あたしに大きなテレビと、机を買ってくれたのも、きっとシヅルとあたしが仲良くなることを知っていたから、だったんだ。<br />
　おじいちゃんとメルヴィルだって、あたしたちと変わらない、人と悪魔なんだもの。でも、シヅルに憑いているのは御使いだ。<br />
「シヅルがダメなのは、ツォハルのこと？」<br />
「あ、ああ。あれは、ツォハルって名乗っているのか。はは……、バカらしいや。……そうだね、前の代は御使いがここにいたんだけど、その御使いがなかなか同意しなかった。御使いはそもそも、神の使いだからね。人の使いじゃあない。自分の一番やるべきこと、神に従うことができなくなるってことは、それはすなわち御使いでなくなる、堕天する、悪魔になるってことで、奴らが一番恐れていることだからさ」<br />
　ならば、なおさらあたしがやらねばならない。どうすれば……、いい答えが見つかるのか。おじいちゃんが、あたしにと言うなら、あたしにできるはずだ。でも、どんな形で？<br />
　メルヴィルはコンスタンティアをじっと見る。<br />
「ああ……、キミはリリンなのか。リリンにやらせたことは一度もなかったはずだね……」<br />
　リリンとは、悪魔の子だと聞いた。何も恨まず、憎まず暮らす弱い悪魔だと。メルヴィルはリリンではない。<br />
「……その、ごめんなさい、アイちゃん。私には、メルヴィルさまのようなことはできないわ。できたとしても、数年もつかどうか。だから、あまり意味がないと思うの……」<br />
「いや、コンスタンティア、おまえが傷つく姿を見るのは嫌だよ。だからあたしも、あたしが継ぐのはいいけど、コンスタンティアにさせたりやしない」<br />
　そのやりとりを見て、メルヴィルは申し訳なさそうにする。<br />
「そうだね。難しいと思うし、おれが引き継ぐのも正直言って、かなり苦しいから、リリンではない悪魔を呼ばなければならないね。ただ、おれが苦しいのは長い時をここに繋ぎとめられていたからだから、いつものように引き継いでいくのなら、断る悪魔なんてほとんどいやしないよ。なんたって、セイくんたちの死の匂いはおれたちを夢中にさせるんだ……」<br />
　ごぽごぽと、手足の水から泡の音がする。メルヴィルが体を動かすたびに、泡がたつ。長い髪を、水の手で耳に引っ掛けた。<br />
「その時が来れば、セイくんから話があると思うよ。苦しいかもしれないけど、どうか、セイくんと、それからおれを、この池から引き剥がしてほしいんだ。これ以上の苦しみは、おれには耐えられそうにないから……」<br />
　四肢のない身体は、本当に痛々しい。それほどの呪いを何十年も引き受けてきたメルヴィル。この姿を晒すことだって、嫌なはずだ。メルヴィルの正体を、コンスタンティアは知っているようだった。<br />
「その、嫌だったら答えなくていいんだけど、メルヴィルって、偽名だよね？」<br />
　あたしが尋ねると、メルヴィルはさっきの憂鬱な顔をからりと変えて、笑った。<br />
「そうだよ！　セイくんと出会ったときにつけてもらったんだ。本当の名前を日常的に呼ぶのはまずいからね。と、いうか、コンスタンティア、キミもそうだろう？　本名をもしかして、教えてないのかい？」<br />
　コンスタンティアは居心地悪そうに、よくわかっていないあたしに、優しく抱きついた。<br />
「ごめんなさい、アイちゃん。本当に……、ごめんなさいね」<br />
「おまえには、名前がなかったんじゃあないのか？」<br />
　前に憑いていた人間につけられた名前、コンスタンティアを上書きしたあたし。名前がないから、つけてくれと言ったと聞いたけど。<br />
「普通は一緒にいると決めたときに、名前をつけるんたけれど、あの人と私には、名前を呼びあう必要がなかったから。本名は教えていたわ。最後に、この世界で生きるための名前をもらったのよ。人間に本名を教えるのは、名前知ることは、一緒にいて、あなたの言うことを聞きますってお約束なの。だから、普段呼ぶときの偽名をつけるのよ。だから、なんだか、私怖くて、アイちゃんに伝えられなかった。ツォハルも、メルヴィルさまも、本名があって、それを教えているのよ」<br />
「あたしには、やっぱり、教えられないか？」<br />
　泡の音と、息づかい。呼吸で上下する胸。たとえ、あたしがメルヴィルとおじいちゃんの引き継ぎをするために、コンスタンティアと離れなくてはならなくても、でも、まだ時間はある。<br />
　コンスタンティアと過ごした時間は長くはないが、短くもない。喧嘩もしたし、仲直りもした。一緒にいて心地がいいし、あたしの心の支えであり、コンスタンティアの支えにも、あたしはなっているはずだ。<br />
　名前を教えることを断られても、あたしは傷つかない。あたしはあたしを殺すことをしっているし、これまで通り、一緒に映画を見て、お風呂に入って、同じ羽布団に体を埋めるだけだ。何も変わらないし、変えられない。<br />
「アイちゃんなら、いいわ。私、すごく幸せよ。アイちゃんが、私を傷つけたくないって、そこまで、思ってくれて。私もそう思っているから。私、自分にとって最高の女の子と出会えたんだわ、って、思ったの……」<br />
　どくり、と、血の流れる音が耳に響いている。胸の奥から、生きている証として、主張する音だった。あたしは生きていく、コンスタンティアと、これからを。<br />
　抱き合っていた腕を離して、コンスタンティアは腰をかがめて、あたしと目線を合わせた。<br />
「私がお母さんからもらった名前はね、エステルよ。エステル、っていうの。有名な人からとったらしいけれど、私はそこまですごいことはできないわ」<br />
　エステル。エステル。心の中で何度も叫ぶ。<br />
「ありがとう、コンスタンティア……」<br />
　あたしは口にはしない、その名前を。エステルの気持ちを知っているから、あたしはコンスタンティアと呼ぶ。二人きりでも、エステルの存在はあっても、あたしのそばにいるのはコンスタンティアだ。エステルではない。あたしのそばにずっと居てくれたのは、エステルではなく、コンスタンティアだから。]]>
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    <category>アイちゃんとひとりぼっち</category>
    <link>https://aonori.kakuren-bo.com/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%A1/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E6%82%AA%E3%81%AE%E6%B0%BE%E6%BF%AB</link>
    <pubDate>Mon, 15 Aug 2016 11:35:07 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>アイちゃんと黒ずんだ骨盤</title>
    <description>
    <![CDATA[　月曜日、早起きして二人ぶんのお弁当を持って家を出て、お昼を迎えたとき、教室はざわついていた。なんたって、一年のクラスにあの『灰淵先輩』がやってきて、嫌われ者のあたしと話をしてるんだもの。<br />
　ひそひそ聞こえるあたしの悪口。どうしてあの暗い子が、灰淵先輩に用事があるの？　どうして仲よさげに話をしているの？<br />
　心が冷えていくようだった。あたしは鞄を持って廊下に逃げ出すようにすると、アキラは教室の全員をぎろりと睨みつけ、あたしを追う。<br />
「悪かったな、まさか、ああなるとは」<br />
「ううん。いいよ。いつもあんな感じだし」<br />
「しかし、ひでえ。あいつら、オレたちが居なかったらここで生きていけやしないんだぜ。それを知られたら知られたらで、面倒だがな」<br />
　人に嫌われるあたし。人に好かれるアキラ。これって必然なのかな、そういう、血なんだろうか……。<br />
「なんかあったら、言えよ。オレがぶちのめしてやるからな。橘の悲しそうな顔を見ていると、オレも悲しい。コンスタンティアはうっかり殺しちまいそうだが、オレは人間だからな……」<br />
　そうやって、赤くなる片目を隠す横顔。アキラの生きられる時間は、もう半分も残っていない。あと、十二年ほど。そうわかっているって、どれほど恐ろしいだろう。どれほど悲しいだろう。<br />
　あたしがいじめられるのなんて、学校を出ればおしまいなのに。<br />
「外行くか。飲みもん、買ってやろう」<br />
「……ありがと」<br />
　学校の自販機でお茶を買ってもらって、ちょっと雑草が鬱陶しいけど、人に見つからないように学校の裏側でお弁当を開けた。ピンク色の蓋を開けると、アキラはわあっと声を上げる。<br />
「うまそうだ」<br />
「実際、まぁまぁいけるよ」<br />
　コンスタンティアは出てこない。彼女なりに察しているんだ、これは恋人ごっこをしてるってこと。アキラの気持ちを叶えてあげたい。これはあたしの気持ち。本当の答えにはたどりつけないけど、せめて。<br />
　ハンバーグを口に入れ、飲み込む、喉仏のない喉。<br />
「ああ、うまい。こんなうまいもの、初めて食ったなあ……」<br />
　手を震わせて、泣き出すアキラに寄り添って、背中をさする。その背中は大きい。とても。色んなものを背負っている背中。あたしとは違うものだけど、押しつぶされそうなんだってすぐにわかる。<br />
「ごめんね」<br />
　あたしはそうすることしかできない。アキラを救えない。<br />
　まるで男の子みたいに、お弁当を大きな口で食べていって、うまいうまいと言いながら完食するのを見届けた。あたしは少しずつ、毎日食べるものだから少しずつ食べる。<br />
「ああ、美味かった。ありがとうな。また食いたい……」<br />
「何度でも作るよ。料理くらいで、よろこんでもらえるなら」<br />
　アキラは、あたしに笑いかけた。まだ、涙が頬を濡らしている。<br />
「あたしの前でくらい、弱くなっていいよ」<br />
　そう言い放つと、アキラは俯いたあと、空を見る。青い空。雲ひとつない、少し肌寒いけど、日の光の下ならあたたかい。<br />
「……兄貴のことを、考えてた。定期的にオレは病院に検査に行かなきゃならないんだが、オレの骨、足から骨盤のあたりまで黒いらしいんだ」<br />
　命を喰い殺す、悪魔の黒。最後には全身が黒くなって、燃え尽きるように死ぬらしい。骨盤のあたり、ってことは、やっぱりあと半分ほどしか、アキラには時間が残されていないんだ。<br />
「それで、さ、親父が後継をつくるための男を選べって、ファイリングした資料を渡すんだが、どれもこれも、男、なんだ。オレはホモじゃあない……。卒業したらすぐにでも、だとよ」<br />
　アキラが必死に勉強していることを知っている。部屋に積まれたノートや参考書、それから買い物の夜食。アキラは学校に行きたいのに、大きなお腹で大学に通うのはさぞかし、目立つだろうし、男の格好、男らしく振る舞うこともできなくなる。<br />
「……橘と仲良くなれてよかった。こんなに隣で落ち着ける女、いやしないよ。他の女はきゃあきゃあとうるさくてたまらない。可愛らしいんだけどな。でも、橘が一番可愛らしい……」<br />
「あたし、男の人が嫌いなの。すぐ殴ったり大きな声を出すから。あとね、女の人も嫌いなの。すぐ嘘をつくし、悪口ばかり言うから」<br />
「オレは？」<br />
「あたしは、アキラをただの人、と、思ってないよ」<br />
　そう答えると、口をにいっと歪ませた。<br />
「そうか。そりゃ、よかった」<br />
　秋の風がさらさら雑草とあたしたちの髪を流していく。風は冷たくても、アキラと寄り添っているとあたたかい。そっと体を預けてみると、アキラはそれを受け入れる。いや、受け入れたがっていた。お腹がいっぱいで、眠くなるもの。うとうとしていると、目の前に手が現れた。アキラの、大きな左手だ。人差し指には、黒い石のはまった指輪がはめてある。<br />
「……これ、この黒い石、兄貴なんだ。遺骨をな、こうして、後継とか家族に、指輪に加工して持っておくんだ。戦って死んだことを、誇りに、いつまでも覚えておくために。そういう風に、何代か前に決めたんだ。もし、さ、オレが死んだら、オレの指輪をはめてくれないか……」<br />
　自分の骨で作られた指輪を、はめてくれないか、なんて。結婚指輪なんかよりすごく、すごく重い。黒ずんで、到底綺麗だとは言えない指輪だ。骨、なんだものな。<br />
　あたしは悩まない。考えない。ただ、頷いた。アキラの指輪を持っていたい。指輪は綺麗でなくても、きっとアキラの兄のヤマトは素晴らしいひとだったのだろう。だからあたしも、アキラの指輪を持っていたい。きっと、アキラはあたしより先に死んでしまうから。手を見るたびに、思い出していたい。あたしが今、花を見てアザミを思い出すみたいに。<br />
「……どこの大学行くの？」<br />
「候補はま、定めてるけど、心理学を勉強したいと思ってる。でも。やめようかと、思ってな。子育てしながら大学なんて、大変だろ。だからさ……」<br />
　卒業したら、あと八年。それまでは勉強と出産後と子育て、橘家の監視。四年間、それを全てやらなければならない。妊婦であったり、小さな子供を抱えて。<br />
「できると思ってた。でも、無理だってファイルを見て思ったよ。子供を産むのは仕方ない。決まりだからな。でも、大きな腹抱えて外に出るなんて、オレには恥ずかしくてできやしない。それに、子供を持ったからには、オレが死ぬまではせめて、オレの手で面倒を見てやりたいからな」<br />
　と、あたしを見て。アキラは、あたしやシヅルの過去を知っているから。親に愛されなかった子供がどうなってしまうかを知っているから。ただでさえ辛くて悲しい現実を突きつけられることが決まっている子供だから、目一杯愛してやりたい。アキラは優しい。とても、すごく。<br />
「いいな。アキラの子になりたい」<br />
「はは……、それも、いいかもしれないな」<br />
　そっと、子供をあやすみたいにあたしの頭に触れる。あたしは一瞬ぴくりと眉をひそませたけれど、すぐに安心して、目を瞑って、秋風の冷たさとアキラの暖かさでバランスのとれた温度の中で目を瞑る。<br />
　ゆらゆら、ここでいつまでも眠っていたい。まだおとぎ話の世界の中かもしれない。うそのお話で、目が覚めたら、両親に囲まれて幸せなあたしがいるかもしれないという、ありもしない希望を、その暖かさは伝えてくるんだ。<br />
「……ありがとな、橘。情けないよ、オレ。弱みをどこにも吐けないんだ。家では家族は子供の話ばかりで、友達にはこんな話できるわけもないし。橘だけさ、こうやってオレにしてくれるのは」<br />
　ぱち、と目を開けた。チャイムが鳴ったからだ。<br />
「いいよ。気にしないで。あたしにできることで、アキラが救われるなら。あたしは嬉しいし」<br />
「そうか。さ、そろそろ、戻るか……。ごちそうさま、洗って返すから、また、よかったら作ってくれな」<br />
「うん。わかった」<br />
　二人で立ち上がって、自然に手を繋いだ。アキラの人差し指にはまった指輪の感触を、強く認識する。人が死んだあと、どうなるのかわからないけれど、きっとどこかで、アキラのお兄さんはアキラのことを見守ってくれているはずだ。そう思った。肩に、手を置かれる感触がしたからだ。<br />
　アキラをよろしく、って、もしかしたら幻聴なのかもしれないけれど、でも確かに空に響き渡る声がした。アキラには、聞こえていないようだった。<br />
　廊下で別れて教室に戻ると、くすくす笑い声がする。嫌な声、嫌な女の声が耳を蹂躙する。あたしの机の上に、ボロボロの教科書やノートが広がっている。マジックペンで落書きされている。<br />
　先生がやってきたのに、あたしは立ち尽くしていた。あたしはいないと思っていたけど、アキラが来たから、あたしは居るようになったんだ。胸の奥がどくどく波打って、背中が冷えていく、冷えた視線を感じている。は、は、は、なるほど、ね。<br />
「橘さん？」<br />
　先生が声をかけるけど、あたしは答えない。ボロボロのノートと教科書を鞄に詰め込んで、教室を飛び出した。<br />
「橘さん！」<br />
　走って、走って、聞こえないふりする。見えないふりする。この世は嫌い。この、人間がひしめきあうこの星が嫌い。<br />
　靴を履いて、そのまま、いつものサボり場所、深泥池にやってきた。木陰に座り込むと、コンスタンティアが現れる。<br />
「ひどいわ……。どうしてあんなことをするのかしら」<br />
「決まってるだろ。アキラと話をしたから」<br />
「アイちゃん、私……」<br />
　遮った。何を言おうとしているかわかっているから。<br />
「殺すなよ」<br />
　コンスタンティアはあたしの隣に腰を下ろす。<br />
「……わかったわ。でも、私、すっごく許せないの。怒っているわ。どうして、あんなことをして笑っていられるのか、わからないもの。人を怖がらせたり、泣かせたり、悲しませることって、そんなに人にとって、嬉しいものなのかしら」<br />
「まあ、大概の人間は、そうだろ」<br />
「私は人間を理解したと、思ってたの。あの人も、アイちゃんも、シヅルくんもすごくいい子だから。でも、あんなに酷い人間、理解できないわ。悪魔なんかより、ずっとずっとみにくいものよ。あんなものの存在を、私、認めたくないわ」<br />
「あたしもだよ、ほんと……」<br />
　破れた教科書をテープではりつけてなおそうとも思わない。寝転んで、今日のことはなかったことにする。あたしを、あたしじゃなくする。上から見上げたあたしは小さくて、孤独に見えて、弱そうで、悲しい姿をしている。<br />
　このままずっと上に行って、酸素のない世界に行ければいいのに。月にだって、今のあたしなら行けるのに。<br />
]]>
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    <category>アイちゃんとひとりぼっち</category>
    <link>https://aonori.kakuren-bo.com/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%A1/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E9%BB%92%E3%81%9A%E3%82%93%E3%81%A0%E9%AA%A8%E7%9B%A4</link>
    <pubDate>Fri, 12 Aug 2016 02:00:00 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>アイちゃんとスキツォフレニア</title>
    <description>
    <![CDATA[　カチカチと鳴る新品のコントローラーの音。初めて遊ぶゲームのはずなのに、シヅルの選んだ天使のキャラクターは、あたしのマルスをどんどん倒していく。どれだけ攻撃のボタンを押しても、避けられるか防がれるかで、ほとんどダメージさえ与えられない。<br />
「ね、シヅル、ほんとに一回もやったことないの？」<br />
　五回ほど遊んだところで、シヅルははっとした。<br />
「あ、ああ、ごめんね。アイさんは初めてだもんね。僕は一応、このゲームはやったことがないんだけど、動画を見たことがあるんだ。すごく、やりたかったから。それで、ずっと見てたら覚えちゃって……」<br />
　やったことがないゲームなのに、動画を見ただけでやりかたがわかるってこと？　すごいな。じゃあ、あたしじゃ、対戦相手としては物足りないか。<br />
「あのさ、ネット繋げてるの、これ。他の人と対戦したほうがシヅル、楽しいんじゃない？」<br />
「え、でも、いいの？　アイさんと遊ぶって約束だったから……」<br />
「いーの。シヅルがどこまで勝てるか気になるし。見てたいな」<br />
　そう言うと、やっぱり、シヅルは他の人と戦ってみたいようで、少し笑った。ありがと、と言ったあと、早速インターネットに繋げてみて、対戦相手を待ってみると、すぐ見つかったようだ。<br />
「なんだか、緊張するな」<br />
　握られた黒いコントローラーは、自身ありげだし、シヅルはすごく楽しそう。焼いたスコーンをツォハルとあたしで食べながら、画面とシヅルを見守る。シヅルが選ぶのは、さっきの天使のキャラクターだ。<br />
「そのキャラ好きなの？」<br />
　尋ねると、照れながら答える。<br />
「え、なんだか、天使だし、ちょっとツォハルに似てるなって。なんとなくだよ」<br />
　そんなシヅルに、ツォハルはあたしを見て、首を振る。似てないって、そう言いたいらしい。確かに、ゲームのキャラクターは明るくて子供っぽい印象で、天使だけれど、ツォハルのように神々しさは感じない。きっと、下級の天使なのだろう。<br />
　そうしている間に対戦が始まったけれど、相手の動きはあたしなんかより全然動けているのに、シヅルはそれについていくどころか、圧倒する。それからまた数戦やっているけど、シヅルは全て勝ってしまった。何度もやるたびにコツがさらにわかってきたのか、どんどん攻撃を避けて、隙を見つけてはダメージを与えていく。<br />
　きっと画面の向こう、回線の向こう側の人はシヅルよりはたくさんゲームをやってきた人だろう。シヅルは今日はじめて、あこがれのゲームをしている。何度も動画を見ていたって、最初からこんなにもうまくやれるものなの？<br />
「すごいね、シヅル。また勝っちゃった」<br />
「え！　そ、そうかな。でも僕じゃないんだ。頭の中で声がして、ここはこうしろって言って、それに従ってるだけだよ」<br />
「声？」<br />
　僕じゃない？　今コントローラーを握ってるのはシヅルなのに？<br />
「昔から、そうなんだ。本当の僕は勉強も、運動も苦手なんだ。でも。頭の中の声が、ここはこうするんだって教えてくれるし、一度読んだ本や、教科書は全部声が覚えてた。だからさ、あの、まあ、世間に悪いから勉強はしろって言われてて、家で形式的にはしてたけど、集中なんてできないんだ。それで、さ、学校でぱらっとプリントや教科書を流し読みするだけで、声が覚えて、応用もする。テストの時、頭の中で答えはこうだって声がするんだ……」<br />
　さっき、成績がいいから、すごく頭のいい大学に入れるのに勿体無いって言っていたっけ。声。誰の声なんて、そんなのわかってる。<br />
　シヅルの隣でマフィンをいただいている、金髪の御使い。ツォハルにまちがいない。コンスタンティアは、悪魔に憑かれた人間は才能や知識を得ると言っていた。<br />
　コンスタンティアが最初に憑いだ人間は芸術家で、とても有名になった。あたしは、料理が本当に、すごく、おいしいらしい。だからコンスタンティアの与えるものは、つくること。いいものを作る才能なのだろう。<br />
　ならば、ツォハルに憑かれたシヅルは、たとえば神のお告げみたいに、ツォハルの声を常に聞いていたんだ。それは、きっと、異様な記憶能力として表れているに違いない。<br />
　そう考えながらも、シヅルはやっぱりどんどん勝っていく。<br />
　こういう人間が、きっとこれまでも世界を変えていったのだろう。ならばやっぱり、シヅルはツォハルと一緒に自由にさせてあげたい。きっとシヅルは、世界を良くするような、そんな人間なんじゃないかと思う。どこまでだって賢くなれるし、どこまでだって学んでいけるってことだもの。<br />
　しきたりが嫌で深泥池から飛び出して狂った、シヅルとあたしのお母さん。アキラは、兄のヤマトは二人の悪魔を殺して死んだと言った。……御使いに憑かれれば、狂わない？　シヅルには『昔から』ツォハルがいたようだし。なら、やはり、この狂った土地から出さなければ。<br />
「アイくん！　これはとても美味しいね。よければまた作ってくれないか？」<br />
　ゲームに集中するシヅルに、ツォハルは今も声を送っているのだろう。ツォハルの表情は穏やかだ。<br />
「うん、簡単だし、おやつにまた作るよ」<br />
「いいわね、ツォハル……」<br />
　と、コンスタンティアはツォハルとは違い、寂しげだ。そうだよな、あたしが気を使わないといけないけど、でも、どうしたらいいかわからない。<br />
「きみは、食べないのかい？」<br />
「……ふふ、食べられるけど、食べられるけどね、お腹に穴があいてるでしょう、私。だから、食べたものはここに落ちてきちゃうの。アイちゃんの作るものは美味しいけれど、そうやって私は食べても汚らしくしてしまうから。だから、食べないわ」<br />
「味覚はあるのに？」<br />
「ええ。私はアイちゃんが大好きだから、アイちゃんの作ったものを、汚くしてしまいたくないの。においをかぐだけで十分だわ」<br />
「それはなんて、ひどい呪いだ……。悪魔ってのは、こんなことをするのか？」<br />
　ツォハルは驚いているようだった。呪いだとか、そういうのが、やっぱりわかるのか。<br />
「いいえ、これは罰なのよ。私の罪なの。私は罪人なの。だからなの」<br />
「……強力すぎて、ぼくにはどうにもなりそうにない。まさか、こんなひどい……、こんな綺麗なひとに対して、ひどすぎる」<br />
　コンスタンティアは悪魔の王様に子宮を取られたと言った。子宮どころか、お腹ごと赤ちゃんも持って行ったのだから、そのあたりの臓器、悪魔の体のしくみはわからないけれど、それを持って行かれたのだろう。キラキラ輝く、氷のような背骨。<br />
「呪いを解く方法をぼくが探してみよう、知り合いにたしか得意なのが……」<br />
「やめてちょうだい！」<br />
　ツォハルを止めるコンスタンティア。シヅルもびっくりして、コントローラーを落としてうずくまる。あたしも、急に大きな声を出されて、頭を抱えた。<br />
「あ、ああ！　二人とも、ごめんなさい。大きな声が、苦手だものね、ごめんなさい。大丈夫？」<br />
　あたしは黙っている。シヅルも黙っている。ツォハルはシヅルに駆け寄った。<br />
「シヅル。ぼくの呼吸にあわせて。大丈夫だ、もう誰も殴ったりしないよ」<br />
　過呼吸になっているシヅルの背中をさすりながら、わかりやすく呼吸する。<br />
　あたしにもコンスタンティアが寄り添って、あたしの背中を抱いた。<br />
「アイちゃん、落ち着いて、私がいるわ。本当に、ごめんなさいね」<br />
　柔らかい胸。香るのは獣と女のにおい。胸と胸をあわせて、鼓動を感じていると、古くてしまっていた記憶を、なんとか片付けることができていく。最後のにおいを肺にたっぷり押し込めたあと、シヅルも落ち着いたのか、よろよろとコントローラーを拾った。<br />
「……つい、大きな声を出してしまったわ。ごめんなさい。シヅルくんも、大丈夫で良かったわ」<br />
「いや、デリケートな話に突っ込んで悪かったね。ぼくも。すまない……」<br />
「一応説明しておくと、私はこの呪いを受け入れているの。もちろん、今日みたいに悲しくなる気持ちになることもあるけど、呪いをといたら、またあやまちを犯してしまうからよ」<br />
「そ、う、か。きみの力になれればと思ったんだが……」<br />
「今で十分、なっているわ。御使いが私を殺しにこないか心配で、なかなか寝付けなかったの」<br />
「ああ、そのことは本当に安心してくれていいよ。この地に来るな、って言ってあるから。姿を見ることだってないはずさ。今日からしっかり眠るといいよ。お肌に悪いからね……」<br />
　そう言ったツォハルに、コンスタンティアはクスクス笑った。コンスタンティアの肌は緑だもの、肌を気にしたって、つるつるして、できものがある事なんて見たことがない。<br />
「ふふ、そうね。ありがとう」<br />
　シヅルも落ち着いて、ゲームに戻ったところに、キリのよさそうなところで声をかけてみた。<br />
「ね。交代。あたしの選んだやつやりたいな」<br />
「あっ、そうだよね！　じゃあ、終わらせるよ」<br />
　シヅルはにっと笑った。ゲーム機に近づいて、ディスクを入れ替える。きっと、すごく楽しかったろう。<br />
　今度はあたしがコントローラーを握る。可愛らしい、カートゥーン調のキャラクター。<br />
「女の子、すごく可愛いね」<br />
　と、シヅル。たしかに、ガールと表示されているキャラクターはとても可愛い。ガールを選び、肌の色は白めで、ピンクの目。これがあたしの、キャラクター。<br />
　チュートリアルがはじまって、慣れないコントローラーにまごまごしながらも、ゲームの舞台である街に辿り着いた。ネットに繋いで対戦してみるけど、なかなか難しい。<br />
「アイさん、アイさん、これ、敵を倒すゲームじゃないんだね」<br />
「ん、そうだね。自分の色を広げるゲームだね」<br />
「楽しそう。塗っていけば、動ける範囲が広がって、敵を倒しやすくなって、また色を塗れる……、ってことかあ」<br />
　……これはツォハルの声？　それとも、シヅルの声？<br />
　なかなか勝てないんで、ちょっとやってみてとシヅルにコントローラーを渡してみると、数戦でルールがわかったらしく、どんどん塗って、どんどん敵を倒していく。同じ武器で、同じキャラクターのはずなのに。<br />
「わあ、これも楽しいね、アイさん！」<br />
　はしゃぐシヅルを見ていると、あたしも楽しい。だって、こうやって友達と遊ぶことなんてなかったから。ずっと怒られて、怒鳴られて、汚い格好で外に放り出されて。<br />
　今じゃ、家の中で友達とゲームをしてる。小さな頃のあたしに伝えてあげたい。じきに、楽になれるから。助けてくれるから、だから、耐えてねって。言ってあげたい。そうしたら、今のあたしも、大きな声に震えなくて済んだかもしれないから。<br />
]]>
    </description>
    <category>アイちゃんとひとりぼっち</category>
    <link>https://aonori.kakuren-bo.com/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%A1/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%84%E3%82%A9%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%8B%E3%82%A2</link>
    <pubDate>Thu, 11 Aug 2016 02:00:00 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>アイちゃんと獄中死するライオン</title>
    <description>
    <![CDATA[　部屋に響くインターホンの音がこんなにも楽しみになったのは、二回目だった。午後の三時ごろ、オーブンレンジからチョコレートスコーンを取り出していると、それは鳴る。<br />
「開けてるから入っていいよー！」<br />
　そう廊下に向かって叫ぶと、ゆっくりと玄関の扉が開いた。シヅルだ。<br />
「あ、いい匂い……。お邪魔します」<br />
「ちょうどね、今焼けたの！　待っててね！」<br />
　テーブルに並べた焼きたてのスコーンを見て、思わずか、姿を見せていなかったツォハルがシヅルの隣から現れる。<br />
「アイくんの手作りかい？」<br />
「うん、そう」<br />
　ツォハルは犬みたいに鼻をひくひくさせて、目をきらきら輝かせる。ツォハルは、あたしの料理が好きだと言っていた。これまで色んな、人間のものに対して無関心だったけれど、あたしの料理だけはそうでもないと聞いたから、材料の限界までたくさん作ってみた。食べきれなれば、明日の朝ごはんにすればいいもの。<br />
「すごいね、アイさん、色んなもの作れて。ツォハルたら、今日来るまでの間、またアイさんのごはんが食べたいってずうっと言ってたからね。すごく美味しそうだ、ね、ツォハル」<br />
「お、おい、言うんじゃないよ、もう！　……と、はいえ、事実だからね、ぼくはアイさんのつくるものは素晴らしいと思うし、認めているんだ」<br />
　シヅルとツォハルのやりとりは、男と女の間にいるみたいだ。あたしとコンスタンティアみたいにべったりでもないけれど、男同士みたいにドライでもない。コンスタンティアは笑う。<br />
「アイちゃん、将来はパティシエとかになるといいかもしれないわね」<br />
　……将来の夢。そうだ、あたしは、昔、ケーキを作るおもちゃが欲しかったんだ。考えたことがなかった。そんな余裕がなくて、何年先のことどころか、一週間後に生きているか保証が全くない世界で生きてきたんだから。<br />
「うん、お菓子作るの好きだし、そんなに美味しいなら、いいかも。シヅルは、将来の夢とか、ある？」<br />
　はっとして、シヅルは悲しい目になる、あの目だ、大人の目。全てを諦めた子供の、目だけが大人になった、いびつな表情。<br />
「将来の夢。かあ。アイさんなら、わかってくれると思うけど、僕はそんなことを考えてられるような気持ちの余裕が小さい頃からなくって、多分、大人になるまでに死ぬだろうって思ってたから、わからないや……」<br />
「ううん。あたしだって、今コンスタンティアに言われてそう思ったから。もう、将来を選べるから、考えてみてもいいかもね」<br />
　あたしは決めている。どちらかはこの呪われた地に残らなければならない。それなら、あたしが。あたしにはやらねばならない理由が積み重なって、どっちにしろ、この地から動けないのだから。<br />
「シヅルは、学者なんかが向いてるんじゃあないかな？」<br />
　ツォハルは笑いかける。<br />
「そうだなあ。前の学校で、いい大学に行けるから勿体無いって言われてたんだ。やりたいこと、好きなこと……。昔、よく、夜に家から放り出されていたんだ。その時、空をずっと見てた。あたりが眩しくて見えないけれど、でも月と、かろうじて少しの星が見えてね。こっちに来て、空をゆっくり見上げてみたら、とっても綺麗だった……」<br />
「じゃあ、天文学者とか、いいんじゃないかしら？　それとも、頭がいいのなら、宇宙飛行士にだってなれるかもしれないわね」<br />
　コンスタンティアの言葉に、シヅルは強く頷く。<br />
「なりたい。天文学者、いいな。なりたい……」<br />
　幼稚園児や小学生の頃、あたしたちは将来の夢を聞かれたはずだった。ピンクのエプロンをした先生に、『アイちゃんは、大人になったら何になりたいの？』と聞かれて、何も知らなかったあたしはなんて答えたんだろう。そもそも答えられたのかな。十歳のころ、半分の成人式ということを学校でやったことがある。将来のことを考えて作文を書いて、たくさんの親御さんと先生の前で発表する。<br />
　その時のあたしは現実を見ていた。将来の夢なんて、見てはいけない、見れば苦しむことを知っていた。もちろんあたしのお母さんやお父さんは半分の成人式に来ない。あたしは保健室で、泣きながら書いた作文用紙を握りしめてくしゃくしゃにして、白いシーツの中で、家でしているように震えていたんだ。<br />
「良かったわ、二人がそうやって自分の道を定めていける心の余裕ができるようになって。私はそのお手伝いができるといいと思っているわ。それってとっても素敵なことなんだもの……」<br />
「ぼくはさ。アイくんにも、シヅルにも、頑張れとは言えないよ。今まで頑張りすぎていたからね。でも、希望を持って生きることができるようになったのは、嬉しいな。ぼくもできうる限りの助言をしたい」<br />
　悪魔と御使いは優しい。死の匂いとは関係なく、あたしたちの人としての存在を認め、愛してくれる。きっかけが何であれ、今がそうであるなら。<br />
「と、ところで、アイくん。これはいただいてもいいのかい？」<br />
「どうぞ。たくさんあるからね」<br />
　ツォハルは椅子に座る。シヅルはとなりに座る。<br />
「飲み物、何がいいかな。紅茶、コーヒー、あと牛乳と……、あわないかもだけどコーラがあるけど？」<br />
　キッチンから問う。<br />
「うんと、コーヒー、牛乳入れてほしいな」<br />
　と、シヅル。ツォハルは黙っている。<br />
「ああ、ツォハル、わからないのか。同じのでいいよ。美味しいから、大丈夫」<br />
「わ、わかった。アイくんが出すものなら何でも美味しいだろうからね」<br />
　そのやりとりがおかしかったのか、コンスタンティアはくすくす笑っている。あたしもにやつきを背中で隠しながらコーヒーに牛乳を入れ、せっかくだからあたしもと三人分を用意したあと、ゲームのコントローラーを机に置く。<br />
「セッティング済みだよ！　おやつ食べながらするゲームはね、最高なんだ」<br />
　スイッチを押すと現れる起動画面に、シヅルは声を上げる。<br />
「わあっ、すごい……」<br />
　おそるおそる、黒の、シヅルのコントローラーに触れる。手元とテレビ画面を見て、口を開けっぱなし。……ずっと、欲しかったし、やってみたかったんだよね。あたしもそうなると思うもの。ゲームのタイトルのアイコンを押すと、音がなって、ロード画面になった。喉仏の目立たない首が、ごくり、と動く。<br />
　暗転。現れたタイトル画面。<br />
「あ、アイさん。ありがとう。今日、その、持ってきたんだけど……」<br />
　鞄の中から財布を取り出して、あたしがあの日渡したぶんと同じだけのお金。<br />
「え、半分でいいんだけどな」<br />
「おじいちゃんがさ、二人で遊ぶものならそれくらい買ってやるわいって！　と、いうか欲しいならおじいちゃんに言いな！　って笑ってた」<br />
「はは、そっか。わかった」<br />
　欲しいものを欲しいと言えないあたしたち。欲しいものを欲しがってはいけなかったあたしたち。普通の子供たちは、なにかの記念日にものを買ってもらえるのだろう。誕生日に買ってもらったおもちゃを自慢する子。<br />
　あたしの誕生日って、いつだっけ？<br />
　あたしって、誕生日を祝ってもらったことがあったかな。<br />
　あたしって、本当に生きているのかな。あたしがおかしいのかな？　あたしがいないのかな。<br />
　あたしはいない。そこには、誰もいない。夕方のブランコは揺れているだけで、そこにいるはずのあたしを周りは見ないように、知らないふりをするから、あたしはいなくなる。この地球から、宇宙から。あたしのことを考えてくれる人がいなくなれば、あたしはいないのだ。<br />
「アイちゃん。アイちゃん、大丈夫？」<br />
　目を開けた。コンスタンティアの綺麗なカナリヤの声が頭に響いて、あたしは現実に戻る。焼きたてのマフィンの香りと、心配そうにあたしを見るツォハルとシヅル。<br />
「……どうしても、ぼくにはわかってしまう。アイくん。アイくんの感じていることを、ぼくもひしひしと感じているよ。これからは、他の人間や悪魔は死んでしまうかもしれないが、ぼくは、ずっとずっとずっと、アイくん、そしてシヅル、コンスタンティア、皆を覚えているよ。精神は永遠に生き続けるんだ」<br />
　ツォハルはあたしの手を握る。暖かくて、人の体温がした。ゆるいウエーブのかかった金髪が、蛍光灯に照らされてきらきらと輝く。あたしの苦しみを吸い取っていくように、どんどんと不安があたしの体から抜けていく。<br />
　たくさんの、邪魔な日々の不安と、苦しみ。ツォハルはまとめて取り払う。コンスタンティアが狙われることも、シヅルを救ったことも。あたしがあたしでなくなることを止めることもできる。<br />
　ツォハルが手を離すと、重たくなった胸が軽くなったようだった。<br />
「アイさん、ツォハルはすごいんだ。ぼくは力になりきれないけど、ツォハルならたくさん考えて、解決に導いてくれるんだよ。僕もそうしてもらっていたんだ。だから、ツォハルが必要なら、僕も協力するよ」<br />
「私は、ずっと隣にいるわ。アイちゃん。私にはそれしかできないけれど、私にしかできないことだから」<br />
　優しくされることに、未だに慣れない。こうやって接してもらって、本当にいいの？　あたしがそうすることはできる。あたしは痛みを知っているから。いろんな痛みを、大きなものから小さなものまで。<br />
　あたしは怪我をして、そのまま血を流しながら、体を引きずって生きていた。それをコンスタンティアと出会ってから、ゆっくりゆっくりと止血していた。<br />
　その血を知っているから、あたしやコンスタンティアはシヅルを気遣って接することができる。けれど、あたしがされると、嬉しいけれど、こそばゆくて、不思議な気持ちだ。甘えることを少し躊躇する。<br />
　怪我人どころじゃない、精神的に四肢を切断されたような気持ちで、芋虫みたいに這って生きてきたことを隠し、普通の人間として振舞って嘘をつくのはひどく苦しい。<br />
　実際に手足のない子供ならば、大人たちは助け、慈悲をくれるはずだ。そんな生き物なのだから、彼らは、彼女らは。<br />
　うまく生きていけないのを、無い手足を使って必死で這って進んでいることを、あざ笑って、馬鹿にして、殴りつける。そんな生き物なのだから、彼らは、彼女らは。<br />
　理解しろとは言わない。経験したことのないことはわからない。あたしだって、普通の人生がわからない。人間を馬鹿にすることはいけないって、義務として学ぶことにあるはずなのに、心の弱った人間を攻撃するのは、それは彼らが動物だからに違いないのだ。<br />
　あたしも、そうでないあたしも、そう思っている。たとえ言葉が通じても、それは自分が心地よく生きることしか考えていないのは、動物だからに違いないからだ。<br />
「アイさん。つらいなら、休む？」<br />
「ううん！　大丈夫、遊ぼ！」<br />
]]>
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    <category>アイちゃんとひとりぼっち</category>
    <link>https://aonori.kakuren-bo.com/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%A1/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E7%8D%84%E4%B8%AD%E6%AD%BB%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3</link>
    <pubDate>Thu, 04 Aug 2016 01:36:16 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>アイちゃんとセイレーンの呼び声</title>
    <description>
    <![CDATA[　アキラとそのまま手を繋いで、アパートに帰ってきた。玄関に置かれたおもちゃ屋の袋に飛びついて、さっそく接続してみる。<br />
　いつもやっていたのがファミコンだから苦労したけれど、携帯で調べながらなんとか家のテレビに画面をうつすことができた。<br />
　おじいちゃんが買ってくれたテーブルは四人掛けで、そして、テレビも大きい。一人だから大きいのなんていらないと言ったけど、大きい方がいいといって買ってくれたものだった。<br />
　遊びたいけれど、シヅルと一緒にやっぱり、最初はやりたいな。設定を終わらせて電源を切ると、もうすっかり夕方だった。<br />
　飴を口の中で転がしながらおもちゃに悪戦苦闘するあたしを眺めていたコンスタンティアは、もういちごミルクを食べ終わってはちみつに移行している。<br />
「いろいろあって、疲れちゃったな。ご飯どうしよ……」<br />
　仮面ライダーの男の子、アキラの覚悟と刃。くったりと椅子にかけると、コンスタンティアは飴を差し出してきた。<br />
「アイちゃん！　これ、とっても美味しいわ」<br />
「ん、そっか。ありがとう。気に入ったんならよかった」<br />
　緑の手から飴を受け取って口に入れると、甘みが一瞬で頭の中をぐるぐる回っていくみたいで、相当疲れたんだな、と、ふっと息を吐いた。<br />
「お腹減ったのなら、私が何か作りましょうか？」<br />
「ううん、いいや、今日は。食べない」<br />
　あまりそういう気分でもないし、昼間たくさん食べたし。暖かい羽布団にぐったり横になるのを、コンスタンティアはベッドに座って、あたしの頭を撫でる。<br />
「そう。本当は食べて欲しいけど、無理やり食べるのもよくないものね」<br />
「飴が甘くておいしいよ」<br />
　じんわりと溶けていく甘さは、まるで、愛を感じているときのあたしみたいだ。愛されていると、全身がとろけそうなくらいに幸せに浸れる。撫でられていると、気持ちがよくなってゆっくり目を瞑る。<br />
「アイちゃん、変わったわね。はじめて会った頃よりずっと、ずっと、優しくて素敵で可愛らしくなったわ。やっぱり、友達ができたからかしらね……」<br />
「そうか？」<br />
「ええ。言葉遣いも柔らかくなったし、すごく優しくなったわ。でも、少し寂しくもあるの。私は以前のアイちゃんが好きで一緒にいて、ああ、もちろん、前のようにしてと言ってるんじゃないわ。でも、私とこうやってお話する時間が減っていくのは、アイちゃんの幸せを私は願っているから、嬉しいのだけれど、やっぱり寂しい気持ちになるのよ」<br />
　確かに、シヅルやアキラと話をしはじめて、コンスタンティアのことは放ったらかしだった。<br />
「ごめん、それはあたしが気遣うべきだった」<br />
「違うの。今のままでいいのよ、シヅルくんたちとたくさん遊んで欲しいわ。私にはできないことだから。……ごめんなさい、言うべきじゃなかったわ。閉まっておくべきことだった。忘れて、アイちゃん」<br />
「いや、忘れられない。あたしの一番はお前なんだから」<br />
　揺れるカーテン、揺れる緑の髪、揺れる異形の影。一番揺れているのは、そのどれでもないんだ。<br />
「……アイちゃんが幸せなのが、私の幸せなのは変わらないわ。いつだって。アイちゃんが楽しそうにしていると、私も楽しいの。でも、その、私ってこんなに醜い心の持ち主だったかしらって、アイちゃんは誰のものでもないのに、私のものなんじゃないかと、錯覚してしまうことがあるわ。きっと、二人で過ごした時間が長いからよね」<br />
「今のあたしは縛られない。だけど、そうだな、前に話したように、あたしがこの世界に嫌気がさした時は、その時はおまえについていきたいと言ったし、今も思っている」<br />
「そう。嬉しい。そうね、悪魔になる方法を、私がその時どんな状態でいるかわからないし、アイちゃんは少し大人になったから、教えてあげる。人間が、悪魔になる方法。シヅルくんや、アキラくんに言っちゃだめよ。ツォハルはいちばんだめだわ」<br />
　それは落ち着く方法でしかなかった。解決法ではなかった。あたしとコンスタンティアが手を繋いで歩いてきた道、いくつもの分かれ道に、黒くて太いマジックペンで書いたようなはっきりとした道が現れるだけだ。<br />
「悪魔の体液を体にいれるの。一番簡単なのは、血を飲むことよ。それからこの世の大地を、この世の海を、空を、生き物を全て憎みながら命を落とすのよ。それでも、誰だってなれるわけじゃない。深く憎んで、それで死んで行かなくちゃならないの。だって、悪で、魔なんだもの」<br />
「……おまえは、元々、人間だったのか？」<br />
「いいえ。私は悪魔の子よ。それは、リリンと呼ばれるわ。リリンは弱くて、はかないの。何も恨んで生きていないから」<br />
　憎むのは簡単だ。あたしはこの世が嫌いだから。それでも、数少ない友人のシヅル、アザミ、アキラ、ツォハル……、それからおじいちゃん、コンスタンティア。以前のあたしなら簡単だったろう。助けを求めて叫んで手をのばしても、その手を見ながら嫌らしくくすくす笑う大人の顔を覚えている。<br />
　でも今は、本心で笑いかけて、あたしのことを気にして、考えて、行動してくれる人たちがいる。あたしはその人たちのことも憎めるかと言われれば、もう難しい。あたしは、コンスタンティアと一緒にいたいという気持ちが一番強いけれど、大事なものをたくさん見つけすぎた。<br />
「アイちゃん。私はとっても嬉しいの。アイちゃんは、いつまでもアイちゃんでいてほしいわ。アイちゃんのまま、優しくて賢い大人になってね。私の方が、もう子どもかもしれないわね」<br />
「コンスタンティア」<br />
　名前を呼ぶ。あたしが上書きした、コンスタンティアという名前を呼ぶ。起き上がって、腰に抱きついて、そして呼吸をする。コンスタンティアのにおいは、少し獣っぽく、そして、女のにおいがするんだ。<br />
　大きな膝の上。見上げると、優しい、そう、慈愛にあふれた顔をしている。こんな悪魔が悪魔なんて呼ばれることはおかしいと思っていたんだ。本当に悪魔なのは、悪魔なんかじゃなく……。<br />
<br />
　ベッドの隅に置いていた携帯から、黒電話の音がする。急いで目をやって、番号を眺めたけれど、あたしは約束を忘れていなかったことに安堵した。コンスタンティアが携帯をとってくれて、あたしはそれを受け取った。<br />
「もしもし、橘です」<br />
「あ、アイさん？　僕です、シヅル」<br />
「うん、わかってるよ。ありがとう、後で登録しておくよ」<br />
　遊びの約束をまたする、はずで電話番号を教えたけれど、シヅルの声は落ち着き払って、真剣な様子だった。<br />
「その、灰淵さんとはどうだった？」<br />
　ああ、そのことを気にしてくれていたんだ。<br />
「これは、あたしからは話せない。いずれ、シヅルにも聞かせるって言ってた。とても大事なことだから。だから、アキラは、優しいから、本当は……。誤解しないでね」<br />
「そ、っか。わかったよ。僕も覚悟はしているんだ。そして、少しだけど、僕のほうもツォハルと話をして、わかったことがあってね。おじいちゃんにも悪魔か御使いがいるはずでしょう？　でも、おじいちゃんのそばには全く気配がないってツォハルが言ってた。でもきっと、おじいちゃんにだって誰かいるはずだって、ツォハルが探したんだ」<br />
　そう、おじいちゃんは人ならざる者と、この地を守っているはずなのだから。<br />
「いたの？」<br />
「……僕にはわからなかったけど、ツォハルは見える、いるって言ってた。多分、見えない術をコンスタンティアさんみたいに使ってるんだと思う。池にいたんだ、大きくて、長い竜が池にいたって」<br />
　どうして側にいないのだろう？　その竜がおじいちゃんの悪魔か御使いなら。池を邪悪な力から守るために、しなければならないことは。<br />
「……そっか。ありがとう。おじいちゃん、すごく頑張ったんだね」<br />
「そうだよね……。おじいちゃんが不安そうにしてるのは、僕は来たばかりだし、わからないし見てないけど、きっと不安だと思うんだ」<br />
　決意、血のさだめ。産まれたからには、しなければならないこと。それがあるだけで、他の人間より生きる価値があると思える。どんなに酷い目にあっていても、自分と、自分を信じてくれる人がいるから。<br />
「そのあたりは、アキラと、おじいちゃんから話があってからにしよう。あたしたちが変に嗅ぎ回って余計なことしちゃうとまずいから。で、明日、今度こそさ……」<br />
「あ、いいの？」<br />
「もちろん。お昼どうする？」<br />
「うーん、また、って迷惑そうだし、おじいちゃんも僕にごはんをって張り切っててね……」<br />
「ふふ、そっか。じゃ、おやつ時に来て。おやつ用意してるから。ツォハルは食べるかな？」<br />
「食べると思うし、食べたがってたよ。人間のものにあまり興味がなかったけれど、アイさんのご飯はすごく美味しかったんだって」<br />
「そう、ツォハルにありがとって言っといて。じゃ、切るね。また明日」<br />
「わかったよ。おやすみなさい……」<br />
　電話が切れて、すぐに番号を登録し、またベッドのすみに置いた。コンスタンティアは、優しい顔と、悲しい顔をする。なぜかはわかってる。<br />
「変なこと考えてる？」<br />
「え！　あっ！　そうね、変なことかも。ふふ……」<br />
　体温は冷たい。心は暖かい。さらさらの緑の髪に、手櫛をいれてみると、一度もひっかからない。<br />
「あたしのこと信じて。あたしはおまえを信じたから」<br />
「わかってるわ。信じてる。愛してる。でも、自分が信じられないの。こんな、思いになるなんて思わなかったから」<br />
「それでもいいさ、あたしはどんなおまえだって受け入れるって、あの時さ、決めたんだ……」<br />
　喧嘩したとき、あたしは大切なものを失ったけど、もう一つの大切なものを失いたくなかった。あたしはまた孤独に戻ることだけを恐れていた。理解者を失うこと、毎日顔を合わせて、話をして、一緒に眠る相手を失うことを、ひどく恐れていた。<br />
「あたしは、コンスタンティアのことを、この世で一番愛してるって、知ったんだよ」<br />
「あ、アイちゃ……」<br />
　たとえ心で通じ合っていても、言わなければ不安になるし、隠したい気持ち、わざわざ言葉にしたくない気持ちもある。でも、声にしたい気持ちだった。コンスタンティアは顔を赤くして、氷の涙を流す。あたしはそれをすくうみたいに、頬にキスをする。<br />
　そのままベッドに倒れこんで、見つめ合いながら、ゆったりとした時間の流れの中で、睡魔が二人をさらっていくのを待つだけだ。<br />
　いつか来る日を恐れたりしない。それがあたしの生きる道なら、あたしはそれを奪われたくない。あたしは決意の力を持っているはずだから。<br />
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    </description>
    <category>アイちゃんとひとりぼっち</category>
    <link>https://aonori.kakuren-bo.com/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%A1/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%A8%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%91%BC%E3%81%B3%E5%A3%B0</link>
    <pubDate>Mon, 01 Aug 2016 00:00:00 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>アイちゃんと自害のための思春期</title>
    <description>
    <![CDATA[「すまないな、橘。じいさんから、頼まれてな。うちから話をしてくれと。二人とも、じいさんを信じられなくなったらどうなるかわからないだろ。ただ、灰淵から話せるのはここまでだ」<br />
たしかに、そうだ。おじいちゃんから恐ろしい話を、この話をされてあたしがおじいちゃんを嫌うわけがない。だって優しくて、面倒を見てもらっているんだもの。でも、おじいちゃんが灰淵に頼んだ理由だってわかる。おじいちゃんの娘、あたしたちのお母さんは、しきたりが嫌でこの地を飛び出したと聞いたから。<br />
いまのおじいちゃんの立場を継ぐってことは、すごく、すごく、嫌なことなのか、嫌なことをしなければならないのかもしれない。<br />
この、田舎の深泥池からほとんど出られないし、灰淵に常に監視されている。<br />
「わかった、大丈夫」<br />
そう答えると、アキラはまた押入れを開けて、布に包まれた何かを座卓の上に置いた。包みを解くと、それは、短刀だった。銀色にきらめく短刀。<br />
「持っておいてくれ。護身用に。と、いうか、オレの気持ちとして」<br />
「気持ち？」<br />
「ああ、これはな、オレが小さい頃に使っていたんだ。小さい頃、オレと兄貴は腹をこれで切っていた。死により近付くために。オレたちは死の淵に立って、死を見るたびに悪の力を得る。オレには、もう、必要ないし……。橘アイ、お前に、持っていてほしい」<br />
腹を切ることを強いられる家系。人は死の淵に立つと、普段の三割ほどしか使っていない脳みそがリミッターをはずし、強い力を出せるようになると聞いたことがある。だから『灰淵』……。<br />
あたしは短刀を手に取った。子供でも、握れる重さ。軽く、そして軽く命を奪えるもの。<br />
「受け取る。ずっと持ってる。手放さない」<br />
その刀を。アキラの気持ちを。<br />
「警察に話は通してあるから、大丈夫だ。これまで変にきつくあたって、すまなかったな。仲良くすれば、いざって時にお前や、その悪魔を奪えるか心配だった。そうしなければならないことを、恐れていたんだ。ただ、ふふ、兄貴の亡骸を、この写真を見て思い出してな。オレは使命を果たす。そのためにこの世に生を受けたと」<br />
「悪魔を殺したことはあるの？」<br />
刀を包みなおして、あたしのそばに置いた。コンスタンティアは、雰囲気を察したのか、ずっと黙って、アキラの話を聞いている。<br />
「何度も。と、いうか、そこら中にいるんだぜ。例えば、特別な才能を持った人間ってのがいるだろ。絵がうまかったり、走るのが早い、歌がうまい……。そういうのには大概悪魔が憑いている」<br />
これまで黙っていたコンスタンティアは、はっと声を上げた。<br />
「そうだわ。悪魔には知識があるの。それを、無意識に人間に、才能として与えるのよ。私がアイちゃんの前に憑いていたのは、芸術家なの。すごく、有名になったわ」<br />
「それって、あたしも絵を描けばうまいのかな？」<br />
コンスタンティアに問うと、そうね、とコンスタンティアは腕を組んで少し考える。そしてまた、ああっと思い出したらしく、声を上げた。<br />
「アイちゃん、すごくね、お料理がうまいわ。ツォハルも言っていたでしょ？　だからね、私もびっくりしていたの」<br />
「へえ。食ってみたいな。そんなにうまいのか、御使いがうまいって言うほどなんて、相当じゃないか？」<br />
知らなかった。あたしって、そんなに料理がうまいんだ。自分で作って自分で食べるばかりで、思い出す小さな頃のことは何も言われなかったもの。もしまずければ、殴られていたのかもしれない。<br />
あたしがどんどん、人になっていく。ずっと前のあたしは、こんなこと考えたことがなかった。だって、あたしは普通の人に嫌われるんだもの。でも、コンスタンティアや、アキラや、アザミ、それにシヅルと、ツォハル。みんな、普通じゃなかった。普通じゃない人なら、信じて、遊んで、友達になれる。<br />
「じゃあ、その、月曜、お弁当作る。から。二人分……」<br />
「いいのか？」<br />
アキラは身を乗り出して、嬉しそうだ。<br />
「いいよ。料理、好きだし。食べたいなら、作る」<br />
「あ、ああ。そうか！　ありがとう、嬉しいな。てっきり、橘には嫌われていると思っていたから。酷い言い方をしていたからな」<br />
「確かに、やな奴って思ってた。でも、今日の話聞いて、全部わかったから。それくらいなら、あたしは喜ばせてあげたいって思わせる力のある話だったから」<br />
アキラはあたしから視線をそらして、口元を緩ませる。最初、体育倉庫で話をした時、別れ際の目を思い出した。アキラは最初から、あたしのことを、橘家と灰淵家の関係ではなく、ちがう目であたしを見守っていてくれていたんだ。<br />
「た、楽しみにしている。月曜日の昼、橘の教室まで行くよ」<br />
「うん、わかった」<br />
シヅルが学校に来るのは、金曜日からだ。シヅルが来る時は、シヅルのぶんも作ってあげよう。あたしができることで、誰かが喜んでくれるなら。<br />
「じゃあ、まあ、灰淵から話せることはもう、ない。送っていく」<br />
座布団から立ち上がるアキラと、それどころじゃなくて残された羊羹。<br />
「アキラから話せることはある？」<br />
はっとして、また目線を逸らして、おずおずと座布団に戻った。<br />
「本当に、今まで、すまなかったな。できれば、この先どうなるかわからないが、友人として付き合っていければいいと、思っている。過去にも灰淵と橘が親友になっているという記録があってだな、やっぱり惹かれやすいらしい、んだ」<br />
「ふうん。そう。友達になりたいの？　ほんとに？」<br />
いたずらっぽく笑ってみせる。アキラが、あたしをどんな目で見ていたか、隠そうとはしていたけれど、場面場面、思い出せばはっとさせられることがあった。<br />
「言わせるか？」<br />
「別に脅してるわけじゃ、ないけど、たぶん、いまを逃したらチャンスってなかなかないよ。それにいつだって答えは変わらないよ。わかるでしょ？」<br />
少しの間。男と女の呼吸だけが聞こえている。目の前の男の肺を制圧している死の匂いは、きっと血管に乗って全身を回っているはずなのだから。<br />
「……体育倉庫で、明るいところで、近くで、見たとき、なんて可愛らしい女の子なんだと思った。横に座るといい匂いがして、汗と血の臭いがする自分とは違うんだと思った。オレは……」<br />
短い黒髪、高い背、伸びた長い手足には女とは思えないほど筋肉質で、頼もしい。ハスキーな声、つり上がってぱっちりとした黒い目が、たまに赤く輝くのを知っている。<br />
「うん。そうなんだ。あたし、可愛い？」<br />
「すごく、その。こんな事をいきなり言われて困るのは理解しているが」<br />
「あたしは覚悟してるよ」<br />
あたしの掌で、そんな存在が震えているようだ。それを見ると、なんだか可愛らしく見えてくる。こんなにしっかりした男の子なのに、と。<br />
「好きだった。橘、お前のことが」<br />
「そう。ありがとうね」<br />
手を伸ばして、アキラの大きな手に絡みつける。握手。アキラはまっすぐあたしを見て、でも涙目で、大きく頷いた。好きだったと表現し、言葉にしたアキラは、きちんとあたしのことを理解してくれている。それはアキラがあたしを本当に、今、好きだということ。<br />
「あたしのクラス知ってるよね」<br />
「もちろん」<br />
「ごめんね。あたしは。まだ、子供だから。でも、友達ならなれる、アキラがあたしの事を本当に、考えてくれてることがわかるから」<br />
それが愛情なら、あたしの肺はアキラの吐いた息で満たされているのだろう。そして全身を巡っていくんだ、それからあたしは愛を知っていく。たくさんの人ではない人から。<br />
「オレはとにかく、拒否されなかったことが嬉しい。拒否されて、罵倒されて、出て行かれると思っていたから。でも、その、オレの気持ちや気を使ったことを理解してくれたなら、お前は子供なんかじゃない。まだオレだって大人じゃないけど。子供と大人の、その間に、正しい年齢にいられていると思う。なんというか、周りが幼すぎ、る、んだ」<br />
「それってあたしたちが大人すぎるのかな？」<br />
「そうかもしれない。正しい人生、なんて。言えばいいのかわからないけれど、オレたちは正しく生きられていないから、正しく生きてきた周りの奴らと違ってくるのは仕方がないと思う」<br />
あたしも死を見たことがある。脳みそがぐらぐら揺れて、ぼろぼろでケロイドまみれの背中をフローリングに押し付けていた。あたしの顔を覗き込む緑の女。部屋には血が飛び散っている。<br />
アキラも死をみたことがある。兄弟で、短刀で腹を切り合う。それを繰り返して、定められた使命をこなすために。<br />
「今更、正しい人生をなんてできやしないけど、生きてる間、正しい人生の存在を理解した瞬間、できるだけそこに寄っていきたかったんだ。そして周りがとたんに憎く見える。だから、ひとりぼっちになる」<br />
「すごくわかるよ。なんであたしだけが、こんなに惨めで、身を隠すように、おどおどして生きていかなきゃいけないんだって。あたしは望まれて産まれてきたはずでしょ？　アキラは望まれて産まれてきたけれど、その望まれ方が歪んでいたんだね」<br />
皆の犠牲になる、そして笑って生きている人々が憎い。親が嫌いなんだ、最悪、あのババアったらテスト悪かったからお小遣い減らすって！　なんて。そんな話だって羨ましい。母親をババアと罵倒できる幸せ、お小遣いを貰える幸せすらあたしにはなかったのに。<br />
ふらつく足で、重い足で、公園のブランコにたどり着いて日が落ちるまで影を見ているだけの放課後。思考が止まるんだ。うちに帰ったら今日は何が起きるんだろう。ごはんにありつけて、おとなしく布団に潜り込めたならそれが一番いいけれど。<br />
「その間、正しい人生を送っている奴らは遊んで、勉強して、幸せのための足場を固めていくんだな。オレたちは片足でぐらぐらと細い橋に立ってるみたいだ……」<br />
まだ手は離していない。アキラが離さない。あたしも、それなら離さない。じんわりとした手汗がお互いの手の中で混じっていく。<br />
それからそのまま立ち上がる。<br />
「歩いて、送って行こう。近いし、わざわざ車を出すものでもない」<br />
「そうだね、ありがと」<br />
あたしは一旦手を離して、短刀の包みを鞄にしまった。あたしの刃を、アキラの気持ちを、あたしはずっと持っておく。アザミの命、アキラの刃を。力強い意思とあたしへの思いやりを。あたしは折れない、あたしはたくさんの愛を受け取っていることを知ったから。それを抱えたまま、倒れたくないから。倒れそうになったら、愛してくれる人が支えてくれることがわかるから。それが愛で、あたしだから。<br />
また、手を絡ませて、アキラの部屋を出て長い廊下を歩く。さっきの妙齢の女性、お手伝いさんがびっくりしながらも、おじぎをした。<br />
「アキラ坊っちゃま、行ってらっしゃいませ」<br />
「ああ。すぐ戻る。部屋の片付けはオレがやるからしなくていいぜ」<br />
「かしこまりました」<br />
あたしもアキラも、その女性に笑いかけてみる。あたしはからかうみたいにして。どう思ったかな、なんて想像しながら。<br />
男と女として見えたなら、アキラの願いを叶えられたなら。<br />
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    <category>アイちゃんとひとりぼっち</category>
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    <pubDate>Wed, 27 Jul 2016 01:00:00 GMT</pubDate>
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    <title>アイちゃんと贖罪の猟犬</title>
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    <![CDATA[　リムジンの中はずっと沈黙が流れていて、あたしのアパートの前にきっちり止まってぞっとした。遊びたい、遊びたいけど、あたしにのしかかった命の責任、アザミと、仮面ライダーの男の子。聞かなければいけない話があるのなら。<br />
「荷物、おろして戻ってくる。シヅルはおじいちゃんとこに帰して」<br />
　ぱち、と目を開けたアキラは、その言葉を待っていたかのようだった。<br />
「そうか。じゃあオレが……」<br />
　と、アキラが荷物をシヅルから受け取ろうとしたけれど、シヅルはぎゅっと握って、そのまま車を降りた。<br />
「僕らが買ったものなので。僕らがやります。僕も話を聞くべきでしょうけど……」<br />
「そうか。悪かった。シヅルには後で話そう。まずこの地でもう少しゆっくりしたほうがいい、さぞ、東京で疲れたろうから」<br />
「そ、そうですね……」<br />
　シヅルといっしょにリムジンを降りて、アパートの鍵を開ける。そして玄関に荷物を置いた。いまから遊ぶはずだったけど、今日は土曜日だから。<br />
「シヅル。明日、またうちおいでよ。一回寝て、気分すっきりさせたほうがいいって、こんな気分じゃ、やっぱり遊べない」<br />
　シヅルも頷く。<br />
「そうだよね。僕もツォハルと一緒に考えてみる。きっとツォハルは賢いから何かいいアドバイスをくれると思うし」<br />
　アパートの鍵を閉める。白いおもちゃ屋の袋。<br />
「じゃ、携帯持ってるでしょ？　番号交換しとこ。あたしの番号はこれだから……」<br />
　鞄からお出かけセットのひとつ、メモ帳とペンを取り出して、サラサラっとあたしの電話番号を渡す。<br />
「夜くらいに、一回かけてきて」<br />
「わかった、ありがと」<br />
　そのメモをポケットに入れ、リムジンに戻った。リムジンはおじいちゃんの家に止まってシヅルを下ろしたあと、また五分ほど走って止まる。うちの家からは遠くない、後ろに山が見える大きな、日本の屋敷。まるで武家屋敷の、ような。ずっと右の方には『灰淵剣道場』とあって、そちらにも大きな建て物が見える。<br />
　アキラが降りて、あたしも降りた。リムジンは敷地内へ入っていく。<br />
「今うちの両親は道場で、夜までそっちだ。だから、緊張しなくていい」<br />
「そ、そ、そう……」<br />
　おじいちゃんのうちよりは、玄関は小さい。橘がこの地を守り、灰淵は狂った橘を殺し、揉消す。<br />
　玄関に入ると、お手伝いさんなのか、妙齢の女性がおじきをした。<br />
「アキラ坊っちゃま、おかえりなさいませ」<br />
「ああ。ありがとう。オレの部屋に飲みものとなんか、甘いものでも、二人分持ってきてくれるか」<br />
「かしこまりました」<br />
　またおじぎをして、その女性は去っていく。……アキラ坊っちゃま。お手伝いさんなら洗濯物だってするだろうし、アキラの性別がなんなのか、わかってると思うけれど。<br />
　アキラは靴を脱いで並べ、あたしにこっちへと手招きした。急いであたしも靴を脱いで、人様のお家なので綺麗に並べておじゃましますも言ってアキラについていく。<br />
<br />
　ずっとずっと廊下が続いていて、中から庭が見えていた。日本庭園。鯉の跳ねる音。その奥に襖があって、そこを開くアキラ。アキラの部屋には勉強机はなく、座卓と赤い座布団が並んでいて、押入れからもう一つ座布団を引っ張りだし、向かい側に置いた。<br />
　座卓にはペン立てやライト、参考書とノートが積まれていて、それを横にどかす。<br />
「座んな」<br />
　アキラはあぐらをかき、あたしは正座した。その時、襖の奥から声がする。さっきの妙齢の女性だ。<br />
「アキラ坊っちゃま、よろしいですか？」<br />
「ああ、持ってきてくれたんだろ。入ってくれ」<br />
　襖が開き、お盆の上にお茶と羊羹。おじぎをしてそれを座卓に置き、またおじぎをして帰っていく。<br />
　女性の足音が遠くなると、アキラはお茶を一口飲み、ふうっと息を吐いた。<br />
「さて、どこから話したもんかな。どうやら橘は何にも知らないようだし、ま、オレのおさらいも兼ねて、最初から話すとするか」<br />
　そう言ったアキラは押入れから古いノート、色あせたノートを取り出して開いた。ノートの題名には、『大和』と書いてある。<br />
「オレのうちではまず、歴史の勉強をさせられるんだ。これはオレの兄貴のノートさ。オレの勉強に大変参考になった」<br />
　丁寧な字、読みやすいように行間も空けて、赤いペンで深泥池について、と見出しがある。<br />
「よし。そうだな、深泥池は実に古い池だ。氷河期からあるもんでな。あそこの動植物はみーんな、天然記念物扱い。この地に人が住み始めるんだが、おまえのご先祖に死の匂いを……、そうだな、シヅルやお前と同じくらい強烈なのを持つ人間が産まれ、その人間はその力を使って、戦争なんかからこの地を守った。悪霊がいるとかいう話もあって、実際にいくつも深泥池で水死体が見つかっていたそうだ。しかし、橘が現れてからは、それはなくなったし、疫病もはやることはなかった。平和だった、んだ。だから橘家はまつられ、神としてこの地を守っていくことになったんだ。しかしいつからか、悪魔や天使に精神をやられて狂う橘の血筋の人間がで始めた。夜な夜な出歩いては、刀を持って住人を殺すんだ。そして橘に仕えていた灰淵家は、強大な悪魔とまじわり、橘の精神を喰らう悪魔を見て、殺す力を得た」<br />
　そのアキラの話に思わずか、コンスタンティアが現れる。<br />
「その、強大な悪魔、って……」<br />
「や、お嬢さん。そうさ、そいつはサタナエルとか言った。悪の象徴で、偉大で、強く、邪悪なもの」<br />
　アキラの目が赤く光る。コンスタンティアは怯えた。悪魔の王様、については、コンスタンティアは良い印象を持っていたようだけれど。<br />
「な、なんてこと。サタナエルは悪魔じゃない、堕天使よ。それも本当に邪悪なの。昔、砂漠の地で天使と人間が交わったことがあったと聞いたわ。その時に生まれたものはネフィリムという化け物で、全てを食らい、共食いして、死んでいったのよ。だから、王様はあたしから子宮を持って行ったの。繰り返してはならない、って」<br />
　その言葉にふっと笑ったアキラ。<br />
「じゃあ、今のオレは人間でも悪魔でもなく、そのネフィリムってやつか」<br />
「そ、それとはまた違うけれど……。でも、どれと言われるのなら……」<br />
　深泥池にいれば平気。深泥池にいれば、あたしとアキラがいても大丈夫。ということは、深泥池をいま守っているのは……。<br />
「あたしのおじいちゃんも、コンスタンティアやツォハルみたいに何かがいる？」<br />
　アキラは頷く。<br />
「ああ、そうだ。だが、もう歳だろう。二人いた娘はそのしきたりを嫌って深泥池を出た。そして、狂った。お前の母親も、シヅルの母親も、だ。全ての邪悪から守る神聖な力さ。そこから死の匂いを持って出たら当然そうなる。が、じいさんの力も弱まり始めて、自殺者がちらほら出ている」<br />
「じゃあ、あたしかシヅルが、おじいちゃんを継がなきゃいけない」<br />
「そうなるな。じきに、じいさんから話が来るだろう」<br />
　全ての邪悪から守る神聖な力。あたしとコンスタンティアがやるとするなら、それはコンスタンティアに可能なのだろうか。シヅルとツォハルならできそうだけれど、でも、あたしの背中にはいくつもの命がある。シヅルに押し付けたくない、あたしがやらなくてはいけない。でもそのためには、きっとコンスタンティアと別れなければいけない……。<br />
「これは、言わないほうがいいかもしれないが、どうしてもオレが伝えておきたいので、言うことだ」<br />
　アキラは話を変えた。少し暗い表情になって、ノートをとじ、名前を指でなぞる。<br />
「オレには兄貴がいたと、さっき言ったろ。ヤマト、って言う兄貴がいた。灰淵は悪魔の血を維持するために、何世代かごとに近親相姦する決まりでな、ま、世間的に悪いんで結婚は普通の人間とする。オレは母親とは血は繋がっていない。オレと兄貴を産んだのは、オレの親父の妹だ。悪魔の血もあってか、もともと灰淵ってのは寿命が短くて今の医療をフルに使っても六十も生きれりゃ大したもんだ。が、近親相姦、それも兄と妹ならだいたい、まあ、今までの記録からして、三十くらいか。寿命は」<br />
　兄貴が居た。寿命を極端に縮める悪魔の血。<br />
「兄貴は死んだ。二十四で死んだ。お前と、シヅルの母親の悪魔を殺して死んだ。立派だった。オレは兄貴を誇りに思っている。悪魔の血に身体が支配されて、身体中がまるで呪いみたいに黒く染まって、黒い燃えかすみたいに、燃え尽きるように死ぬんだ。そして、オレもな」<br />
　ノートに挟んであった、写真を見せてきた。そこには真っ黒な骨がうつっている。古いものだった。これはアキラの兄の、ヤマトではない。<br />
「悪魔の血を身に流すってことは、こういうことなのさ。人のいのちをじわじわ喰らい尽くして、それが終われば、こうなる」<br />
「橘に悪魔の血を流したら、どうなる？」<br />
　純粋な疑問だった。アキラは腕を組んで。<br />
「まあ、大丈夫なんじゃないか。と、いうか、だからこそ死の匂いをまとわせているんだよ。アイとシヅルが交わったらどんな子が産まれるのか……」<br />
「人のことをそんな、犬とか猫の品種改良みたいに言わないでよ！」<br />
　思わず放った言葉に、アキラは苦い顔をする。アキラも、兄のヤマトもその、品種改良の末に生まれた人間なのに。しかし嫌味を言うこともなく、アキラの顔は、いつも挑発的な表情をしているのに、暗くなる。大和、の文字をまた見つめる。<br />
「どうして、橘にこんな話をしたくなるのかわからないし、なぜかと言われたら死の匂いの関係なんだろうが。オレは小さい頃から自分の性別に疑問を持っていたんだ。遊ぶのは兄貴とばかりだったし、兄貴が好きだったし、兄貴に近づきたいという気持ちもあったしな。だから、兄貴が灰淵を継いで、オレは学校を卒業したら、男になる手術を受けるつもりだった。それをずっと目標にして、生きてきたのさ。どうせ短い寿命だ、好きな性別で生きることに両親は賛成してくれた」<br />
　しかし、アキラの兄はもういない。<br />
「だが、兄貴に子供がなかなかできなくてな。そのまま死んだ。だから灰淵を継ぐのはオレで、しかも、後継ぎを産まなきゃならねえ。女として。そうしたら、オレは男になって、好きな女性と暮らしていいらしい。検査をしたら、オレは、ちゃんと子が産める身体だった」<br />
　あたしは震えた。なんて、なんて、恐ろしいことなのだろう。アキラは男だ。本人がそう主張している。ただ、子が産める男だ。それがとても辛くて悲しくて酷いことだということが、じわじわとあたしを痛めつける。あたしの母親たちが深泥池を離れなければ、ヤマトは死ななかったかもしれない。アキラに対して、嫌な気持ちしか抱いたことがなかったけれど。思わず、ノートの文字を触れるアキラに、あたしは手を触れた。<br />
「ごめんなさい、アキラ。あたしの家のせいで、本当に辛い思いを……」<br />
「はは。アイとシヅルのほうが、辛いだろ。一回子を産めば、オレは男になれるんだ。少し予定が延びただけさ」<br />
　この話はやめようとばかりに、アキラはノートをどけた。そしてあたしは前々から抱いていた疑問をぶつけてみる。<br />
「……シヅルに何があったか知ってるの？」<br />
「もちろんさ。橘家をずっと監視しているし、警察と連携をとって全て知っている。シヅルはひどい、本当にひどかった。アイもひどかった。あいつは、髪を伸ばしていたろ。それに、まあまあの顔立ちだ」<br />
「そうだけど……」<br />
「シヅルはな、両性なんだ。しかも、完璧な。どちらでもあり、どちらでもない。そんな子供は、物好きによおく、売れるのさ。シヅルは両親に売られていた」<br />
　思考が一瞬固まるのを感じた。男の子にみえる、けれど、でも、それでも、……、服の下は……。<br />
「御使いや、たとえば神様には、両性であったり、男神であるのに子を産むものがいる。まるで、シヅルは、神でないかと、そう思うことがある。そして最初にこの地を守った橘の人間も、男とも女とも子を持てる人間であったらしい」<br />
　両性のシヅル。どちらなのかわからないツォハル。でもどちらも、仕草や言葉遣いは男だ。あたしは自分のことではなく、アキラの運命と、そしてシヅルの過去に、思わず頬を濡らす。コンスタンティアも肩を震わせていた。なんて、なんて酷い血。酷い地なのだろう。<br />
<br />
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    <pubDate>Sat, 23 Jul 2016 01:00:00 GMT</pubDate>
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