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2024/05
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 カチカチと鳴る新品のコントローラーの音。初めて遊ぶゲームのはずなのに、シヅルの選んだ天使のキャラクターは、あたしのマルスをどんどん倒していく。どれだけ攻撃のボタンを押しても、避けられるか防がれるかで、ほとんどダメージさえ与えられない。
「ね、シヅル、ほんとに一回もやったことないの?」
 五回ほど遊んだところで、シヅルははっとした。
「あ、ああ、ごめんね。アイさんは初めてだもんね。僕は一応、このゲームはやったことがないんだけど、動画を見たことがあるんだ。すごく、やりたかったから。それで、ずっと見てたら覚えちゃって……」
 やったことがないゲームなのに、動画を見ただけでやりかたがわかるってこと? すごいな。じゃあ、あたしじゃ、対戦相手としては物足りないか。
「あのさ、ネット繋げてるの、これ。他の人と対戦したほうがシヅル、楽しいんじゃない?」
「え、でも、いいの? アイさんと遊ぶって約束だったから……」
「いーの。シヅルがどこまで勝てるか気になるし。見てたいな」
 そう言うと、やっぱり、シヅルは他の人と戦ってみたいようで、少し笑った。ありがと、と言ったあと、早速インターネットに繋げてみて、対戦相手を待ってみると、すぐ見つかったようだ。
「なんだか、緊張するな」
 握られた黒いコントローラーは、自身ありげだし、シヅルはすごく楽しそう。焼いたスコーンをツォハルとあたしで食べながら、画面とシヅルを見守る。シヅルが選ぶのは、さっきの天使のキャラクターだ。
「そのキャラ好きなの?」
 尋ねると、照れながら答える。
「え、なんだか、天使だし、ちょっとツォハルに似てるなって。なんとなくだよ」
 そんなシヅルに、ツォハルはあたしを見て、首を振る。似てないって、そう言いたいらしい。確かに、ゲームのキャラクターは明るくて子供っぽい印象で、天使だけれど、ツォハルのように神々しさは感じない。きっと、下級の天使なのだろう。
 そうしている間に対戦が始まったけれど、相手の動きはあたしなんかより全然動けているのに、シヅルはそれについていくどころか、圧倒する。それからまた数戦やっているけど、シヅルは全て勝ってしまった。何度もやるたびにコツがさらにわかってきたのか、どんどん攻撃を避けて、隙を見つけてはダメージを与えていく。
 きっと画面の向こう、回線の向こう側の人はシヅルよりはたくさんゲームをやってきた人だろう。シヅルは今日はじめて、あこがれのゲームをしている。何度も動画を見ていたって、最初からこんなにもうまくやれるものなの?
「すごいね、シヅル。また勝っちゃった」
「え! そ、そうかな。でも僕じゃないんだ。頭の中で声がして、ここはこうしろって言って、それに従ってるだけだよ」
「声?」
 僕じゃない? 今コントローラーを握ってるのはシヅルなのに?
「昔から、そうなんだ。本当の僕は勉強も、運動も苦手なんだ。でも。頭の中の声が、ここはこうするんだって教えてくれるし、一度読んだ本や、教科書は全部声が覚えてた。だからさ、あの、まあ、世間に悪いから勉強はしろって言われてて、家で形式的にはしてたけど、集中なんてできないんだ。それで、さ、学校でぱらっとプリントや教科書を流し読みするだけで、声が覚えて、応用もする。テストの時、頭の中で答えはこうだって声がするんだ……」
 さっき、成績がいいから、すごく頭のいい大学に入れるのに勿体無いって言っていたっけ。声。誰の声なんて、そんなのわかってる。
 シヅルの隣でマフィンをいただいている、金髪の御使い。ツォハルにまちがいない。コンスタンティアは、悪魔に憑かれた人間は才能や知識を得ると言っていた。
 コンスタンティアが最初に憑いだ人間は芸術家で、とても有名になった。あたしは、料理が本当に、すごく、おいしいらしい。だからコンスタンティアの与えるものは、つくること。いいものを作る才能なのだろう。
 ならば、ツォハルに憑かれたシヅルは、たとえば神のお告げみたいに、ツォハルの声を常に聞いていたんだ。それは、きっと、異様な記憶能力として表れているに違いない。
 そう考えながらも、シヅルはやっぱりどんどん勝っていく。
 こういう人間が、きっとこれまでも世界を変えていったのだろう。ならばやっぱり、シヅルはツォハルと一緒に自由にさせてあげたい。きっとシヅルは、世界を良くするような、そんな人間なんじゃないかと思う。どこまでだって賢くなれるし、どこまでだって学んでいけるってことだもの。
 しきたりが嫌で深泥池から飛び出して狂った、シヅルとあたしのお母さん。アキラは、兄のヤマトは二人の悪魔を殺して死んだと言った。……御使いに憑かれれば、狂わない? シヅルには『昔から』ツォハルがいたようだし。なら、やはり、この狂った土地から出さなければ。
「アイくん! これはとても美味しいね。よければまた作ってくれないか?」
 ゲームに集中するシヅルに、ツォハルは今も声を送っているのだろう。ツォハルの表情は穏やかだ。
「うん、簡単だし、おやつにまた作るよ」
「いいわね、ツォハル……」
 と、コンスタンティアはツォハルとは違い、寂しげだ。そうだよな、あたしが気を使わないといけないけど、でも、どうしたらいいかわからない。
「きみは、食べないのかい?」
「……ふふ、食べられるけど、食べられるけどね、お腹に穴があいてるでしょう、私。だから、食べたものはここに落ちてきちゃうの。アイちゃんの作るものは美味しいけれど、そうやって私は食べても汚らしくしてしまうから。だから、食べないわ」
「味覚はあるのに?」
「ええ。私はアイちゃんが大好きだから、アイちゃんの作ったものを、汚くしてしまいたくないの。においをかぐだけで十分だわ」
「それはなんて、ひどい呪いだ……。悪魔ってのは、こんなことをするのか?」
 ツォハルは驚いているようだった。呪いだとか、そういうのが、やっぱりわかるのか。
「いいえ、これは罰なのよ。私の罪なの。私は罪人なの。だからなの」
「……強力すぎて、ぼくにはどうにもなりそうにない。まさか、こんなひどい……、こんな綺麗なひとに対して、ひどすぎる」
 コンスタンティアは悪魔の王様に子宮を取られたと言った。子宮どころか、お腹ごと赤ちゃんも持って行ったのだから、そのあたりの臓器、悪魔の体のしくみはわからないけれど、それを持って行かれたのだろう。キラキラ輝く、氷のような背骨。
「呪いを解く方法をぼくが探してみよう、知り合いにたしか得意なのが……」
「やめてちょうだい!」
 ツォハルを止めるコンスタンティア。シヅルもびっくりして、コントローラーを落としてうずくまる。あたしも、急に大きな声を出されて、頭を抱えた。
「あ、ああ! 二人とも、ごめんなさい。大きな声が、苦手だものね、ごめんなさい。大丈夫?」
 あたしは黙っている。シヅルも黙っている。ツォハルはシヅルに駆け寄った。
「シヅル。ぼくの呼吸にあわせて。大丈夫だ、もう誰も殴ったりしないよ」
 過呼吸になっているシヅルの背中をさすりながら、わかりやすく呼吸する。
 あたしにもコンスタンティアが寄り添って、あたしの背中を抱いた。
「アイちゃん、落ち着いて、私がいるわ。本当に、ごめんなさいね」
 柔らかい胸。香るのは獣と女のにおい。胸と胸をあわせて、鼓動を感じていると、古くてしまっていた記憶を、なんとか片付けることができていく。最後のにおいを肺にたっぷり押し込めたあと、シヅルも落ち着いたのか、よろよろとコントローラーを拾った。
「……つい、大きな声を出してしまったわ。ごめんなさい。シヅルくんも、大丈夫で良かったわ」
「いや、デリケートな話に突っ込んで悪かったね。ぼくも。すまない……」
「一応説明しておくと、私はこの呪いを受け入れているの。もちろん、今日みたいに悲しくなる気持ちになることもあるけど、呪いをといたら、またあやまちを犯してしまうからよ」
「そ、う、か。きみの力になれればと思ったんだが……」
「今で十分、なっているわ。御使いが私を殺しにこないか心配で、なかなか寝付けなかったの」
「ああ、そのことは本当に安心してくれていいよ。この地に来るな、って言ってあるから。姿を見ることだってないはずさ。今日からしっかり眠るといいよ。お肌に悪いからね……」
 そう言ったツォハルに、コンスタンティアはクスクス笑った。コンスタンティアの肌は緑だもの、肌を気にしたって、つるつるして、できものがある事なんて見たことがない。
「ふふ、そうね。ありがとう」
 シヅルも落ち着いて、ゲームに戻ったところに、キリのよさそうなところで声をかけてみた。
「ね。交代。あたしの選んだやつやりたいな」
「あっ、そうだよね! じゃあ、終わらせるよ」
 シヅルはにっと笑った。ゲーム機に近づいて、ディスクを入れ替える。きっと、すごく楽しかったろう。
 今度はあたしがコントローラーを握る。可愛らしい、カートゥーン調のキャラクター。
「女の子、すごく可愛いね」
 と、シヅル。たしかに、ガールと表示されているキャラクターはとても可愛い。ガールを選び、肌の色は白めで、ピンクの目。これがあたしの、キャラクター。
 チュートリアルがはじまって、慣れないコントローラーにまごまごしながらも、ゲームの舞台である街に辿り着いた。ネットに繋いで対戦してみるけど、なかなか難しい。
「アイさん、アイさん、これ、敵を倒すゲームじゃないんだね」
「ん、そうだね。自分の色を広げるゲームだね」
「楽しそう。塗っていけば、動ける範囲が広がって、敵を倒しやすくなって、また色を塗れる……、ってことかあ」
 ……これはツォハルの声? それとも、シヅルの声?
 なかなか勝てないんで、ちょっとやってみてとシヅルにコントローラーを渡してみると、数戦でルールがわかったらしく、どんどん塗って、どんどん敵を倒していく。同じ武器で、同じキャラクターのはずなのに。
「わあ、これも楽しいね、アイさん!」
 はしゃぐシヅルを見ていると、あたしも楽しい。だって、こうやって友達と遊ぶことなんてなかったから。ずっと怒られて、怒鳴られて、汚い格好で外に放り出されて。
 今じゃ、家の中で友達とゲームをしてる。小さな頃のあたしに伝えてあげたい。じきに、楽になれるから。助けてくれるから、だから、耐えてねって。言ってあげたい。そうしたら、今のあたしも、大きな声に震えなくて済んだかもしれないから。
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